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戦う時と佇む時

ある時まで、全力を出せない相手など友でないと断じてきた。
私が死に瀕したとき、相手が死に瀕したとき、助けたいと思えなければ、
自分には必要のないものだと信じてきた。
裏切られても愛せるのでなければ、信頼とは呼ばない。

でもある時から、自分の力をすべて込めることが嫌になった。
いつの間にか爽快感も摩耗しており、そもそもが無益に思えた。
私の全力は、私も他者も傷つけるだけだった。
私のやり方では、欲しいものは絶対に手に入らない。

悲しかった。

でも、今は悲しみを肯定することができる。
そうではない世界が理解できる。
全力や死線を超える価値観が、物事を左右しない世界。
さみしくて壊れそうな人の心を優しく甘やかすための世界。
世界の端っこ。流されてたどり着く場所。
夢のあとを生きる人。
限りない善良さ。
嘘ではない。欺瞞でもない。
空虚を真実に変える物語。

しかしそれだけでもダメなんだ。
さみしいだけじゃダメ。
いるだけでもダメ。
自分も何かを与えなくちゃ。
自分を見せることでしか人は人と関わりを持てない。
そのために戦う覚悟がいるんだ。
お腹に力をいれよう。
久しぶりだ。
戦えるんだ。
嬉しいな。
by mouthes | 2013-09-21 18:44

私の 私の彼は・・・

兄の話をします。

長兄は、平たく言えばええかっこしいです。
見栄っ張りで、よくカッコつけたがる人です。

自分にとって何が大切か、いつでも説明できる人です。
兄は牧師です。

わがままで、鈍感で、野暮ったいところもありますが、
自分に都合よく事実を曲げたり、自分の非を認めずに相手を責めることのない人です。
向かってきた人間や、自身の持つ違和感や疑問をごまかすことなく、
誠実に物事を考えて応えることのできる人です。


次兄は、すごくシャイな人です。
自分が本当に心に思っていることや、自分が恥に感じることを、
なかなか他者に言うことができない人です。
たとえそれが家族であっても。

偏屈で、打たれ弱く、計画性に欠けるところもありますが、
自分を大きく見せようとしたり、自分を棚に上げて他者を笑うことは絶対にしない人です。
兄が好む物はどれも謙虚で、注意深く、責任感の強さを感じさせるものばかりです。
青臭くとも嘘はなく、空虚であっても温かみのある、
一時の夢にさえ真実を見せることのできる、
手品のような面白さがあります。

兄は手品に騙されて喜んでいるのではなく、
手品を考える人間のユーモアを愛しています。
それは、絶対に人を傷つけることを目的とせず、なおかつ人の心に心を届けることのできる試みだからです。




そんな二人の兄が、私はとても好きです。
彼らは嘘やごまかしに頼らなくとも生きていける強さを持っています。
それがたとえ証明されることがなくとも、私はそれを知っています。
by mouthes | 2013-09-20 07:50 | footmarks

岡村ちゃんが好き

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新曲のジャケットができました!



岡村ちゃんが好きだし岡村ちゃんになりたい。
この場合の岡村ちゃんは人格的な意味です。
私が岡村ちゃんになるために必要なものは何だろう。
独りよがりでナルシストで博識でくだらないことが大好きで照れ屋なスター。
この人は、才能って言葉がありふれたものに聞こえるくらい、この人にしかないものが詰まってる。
多くの人にとっては自分を惨めな気持ちにさせる、極端さ、やりすぎて空回り、持て余す感情が、
岡村ちゃんにかかると魔法みたいにきらきらする。
「だいすき」も「Peach Boy」も「パラシュート・ガール」も、「真夜中のサイクリング」も、
そういうもんでできてる。
希望があるから頑張るんじゃなくて、頑張ることそのものが煌めきで、きらきらした希望なんだって、
言葉じゃないのにわかるような、そんな体験!
あーはやく新曲聴きたい!!
by mouthes | 2013-09-10 14:51 | footmarks

大人の階段

何か考えてしゃべろうとすると、考えているうちにしゃべるのが面倒になっちゃうようなことがたくさんあって、
「ああ、大人がしてるのはこれかあ」なんて最近思う。

言いたいことも言えないこんな世の中じゃ…ってほどでもない、
めんどくさいに簡単に負けてしまう欲望の積み重ね。
すり減って行くのは心か下駄か。

「会いたいなあ」って思っても、いろいろ考えているうちに面倒になって、「会いたいなあ」から一歩も外に出れない。
そういうのが、大人だって思うけど、
だとしたらそんなに楽しいことじゃないよなあって思う。

私が生きている、楽しいだけじゃない世界。
奥行きがあるといえばそうだ。
複雑で芸術的といえばそうだ。
でも忙しいわけでもないのに、遠くなっていくのはさびしいな。

それでも一番欲しいのは、ユーモア。
笑いながら泣けること。
泣きながら笑えること。
それは愛によってのみ達成される!
by mouthes | 2013-09-10 01:13

永遠も半ばを過ぎて

『Lie lie Lie』の余韻に引きずられて、『永遠も半ばを過ぎて』を読みはじめた。
映画が大部分を原作に拠って、忠実に作られたのだなあと思う。
姿かたちや言葉が少しくらい違っても、人格や空気が見事にトレースされてる。
だから展開も見どころもほとんど知っているけれど、それでも読める。
読まされる。
読んでいるうちに文章の調子や登場人物の者の考え方が自分の中にしみ込んでくる。
自分が本になっていくような感覚にとらわれる。
波打ち際に座って、じっとしているうちに潮が満ちて頭まで浸かってしまう感覚の方が近いかもしれない。
ぶっきらぼうだったり、平易だったり、気取っていないことで気安く見えるけれど、
文章が美しいのだ。
それに入り込むのが気持ちいい。


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by mouthes | 2013-09-09 15:59 | footmarks

Lie lie Lie

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中原俊監督の映画は、「気の弱い人がよくしゃべる映画」だなあと思った。
『12人の優しい日本人』も『桜の薗』も。
そこには「話を聞いてくれる人」の存在があって、
「なんかこいつの前ではとりつくろえないんだよな」っていう気の緩みがある。

どの映画も、
人間の本質が暴かれたり、
強烈な個性が見せつけられるわけではないけれど、
人間たちが関わりあった時の化学反応がかっこよく描かれてる。
謙虚で饒舌、緻密にして大胆。
ほんと、こういう映画をもっと観たいよなあ。

たとえばインテリとか、サブカルとか、
今のご時世に用いられるとちょっとキナ臭い言葉がある。
だけど『Lie lie Lie』が撮られたころには、
こういう言葉ってもうちょっと気取ったいい言葉だったんじゃないかな。
人をカテゴライズしてこき下ろすのもいいけどさ、
そういうことすると面白さがダメになっちゃうんだよ。
自意識と自己愛と、それにまつわる嫉妬と嘲笑に耐えられない言葉だったのはしかたないけど。
ほんとは特権意識も自尊心もないのにね。

そういう煩悶に、この映画ははっきり答えを出してる。

「一番臭うのは文学ってやつですよ、先生。
 臭くて仕方ない。生きるための言い訳をダラダラと・・・人間が臭うんですよ」

インテリでサブカルでアウトローな魅力がたっぷりつまった、
自意識にとらわれない物語。
中島らも原作と知って納得だったな。
人間が強くてかっこいい。
by mouthes | 2013-09-07 05:24 | Movies&Books