皆殺し文学はやめだ

by mouthes

カテゴリ:Movies&Books( 62 )

映画「ダンケルク」

映画「ダンケルク」の好きだったところ

・カタルシスがなかったところ
・登場人物の名前がほぼ出なかったところ
・夢に見たくない映画ナンバーワン
・砲弾や砲撃がとにかく怖い
・緊張が絶え間なく続く
・放置された病人の担架を担いで知らない兵士と救助船へダッシュするところ
・その救助船から追い出された直後、救助船が砲撃され沈んでいく時の、運び込んだ病人のカット
・生き抜こうとして何度も失敗して元いた場所に戻されるところ
・一緒に死線を抜けてきたギブソンを最後に助けられなかったところ
・体験したことのない痛みや恐怖に、映画を通して引きずりこまれる感じ(肉体感覚の強さ)
・時間軸がバラバラであることに最後まで気づかなかった
・飛行機の戦闘シーン(人を殺しているという感覚のなさ)
・助かった人間たちにある「見殺しにした意識」に比重が置かれてたところ
・死の悲愴さが安全地帯からみる感傷だと冷たく突き放す感じ
・人が死ぬ描写に傷つくことができたのは序盤の5分くらいだった
・ろうそくの火が消えるようにあっけなくパタパタ人が死んでいく様子
・徹底して無慈悲だった




映画「ダンケルク」嫌いなところ

・物語の要所で出てくるボルトン海軍中佐のカッコつけ方
・説明がないからついていくのに必死
・事故や戦闘ではない場所でも生き残るために人を殺そうとする人間の醜さ
・ジョージの死
・最後の明るく晴れ晴れとした音楽


圧倒された。
脳みそが押しつぶされた。
切実さに欠けた映画を観たあとだということもあるのか、度肝を抜かれた。
どんな切実さがあればこうも力がみなぎる作品が作れるのか、しかも戦争映画で!
この映画の素晴らしさは「観るものにカタルシスを与えないこと」に尽きると思う。
勇敢な戦闘も、奇跡の救出劇も、出来合いの友情も、「ああよかった!」と思わせない無慈悲な作りになってる。
そぎ落とされたセリフと轟音だけで戦争の緊張が観客のものになる。
何度も何度も生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされて、故郷へ帰ることにこだわって帰ってきたのに、「我々は戦い抜く」と新聞に言わされる。
すげえー、どうやればこんな映画作れるのかわかんねえー、すげえなあー!
すごい映画を観てしまったので語彙力を奪われてしまいました。
クリストファー・ノーランすごい。
すごすぎて意味わかんない。

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by mouthes | 2018-02-23 00:08 | Movies&Books
映画「リバーズ・エッジ」で好きだったところ

・るみちんと観音崎くんの90年代感、幼さ、短絡的なところが表情を通して伝わって来たところ
・特に観音崎くんの顔つき
・るみちんのムチムチしてエネルギーが溢れる体とそこから繰り出されるサスペンスのなまなましさ
・二階堂ふみちゃんの裸と喋り方
・吉沢亮くんの実写とは思えないくらい美しい横顔
・釣りをしていた2人組の片一方がアメカジ具合といい喋り方といいさまぁ〜ずの三村さんにそっくりで、なんならもう一方にも大竹さんを意識してほしかったところ
・こずえちゃんの赤い口紅と赤くてダブダブのニット
・猫のかわいさ
・るみちんのデブのお姉ちゃんの演技(お姉ちゃんが登場した時の映画館の失笑がお姉ちゃんの惨めさとリンクしてしまってひどく残酷だった)
・エンディングとともに流れる小沢健二の「アルペジオ」(確実にあれから20年後の音楽として、リバーズ・エッジの汚れた川にとっての再生の海として響き渡っていた)
・「この頃は目が見えないから、手を握って友よやさしく」と50近い小沢健二が歌うところ




映画「リバーズ・エッジ 」の嫌だったところ
・「リバーズ・エッジ 」のフォントがダサすぎる
・劇中に挟まれる、登場人物たちに対する謎インタビューの質問の、あまりの陳腐さ(「あなたにとって愛ってなんですか」「生きていきたいと思いますか」などなど聞くに堪えない)
・「愛」だの「生きる」だのを安全地帯に生きているおじさんがキリキリした若者に聞いているという構図
・それに応える「生きていきたい」というセリフ
・おじさんが若い子になにかを言わせたがってる感
・ホテルに行ったあとハルナが観音崎くんに「観音崎くんていいよね、悩みとかなさそうで」というセリフ
・それが言えちゃうハルナだったらさっさと観音崎くんと別れられるだろ
・田島カンナが燃えた死体を見た時の、山田くんの笑み
・そこで笑うのが吉川こずえならわかる(山田くんは無感動を貫くべきでは)
・田島カンナが泣きわめくシーンがなかったこと
・所々では印象的で美しい場面に心奪われたけど、つなぎの流れていく描写の圧倒的VTR感(再現ドラマ感)
・パンフに載っていた監督インタビューの見出し(誰もがみんな、River‘s Edgeに立っている)(は?)
・役者自体に90年代感はあまりなかった(顔の造形も表情もあまりに洗練されていた)


嫌いなところが嫌いすぎて良い印象ではない映画ですが、
役者たちの演技や肉体は言語に絶するほど美しく、
監督や脚本の年齢が如実に現れてしまったことが悔やまれる、というのが感想です。
どうしても10代の子供達には見えなかった。
それは10代を思い出せない人たち、10代が美しい思い出になっている人たちが作ったからだと思う。
幼さ、危うさ、脆さではなく、予定調和が優っていました。
だからこそ「アルペジオ」は美しく響いた。
あれはかつて若者だった人の、老いを知った人の鮮やかさ、美しさ、現実離れした現実として見事に調和していたと思います。
こう書くと褒めすぎにも見えるけど、インタビューなどからこの主題歌は小沢健二がラッシュを観た後に作られたものだと知って、
正しく、と腑に落ちたのです。
この曲が生まれるために映画があった、そういう必然性を感じる美しさだったのでした。

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by mouthes | 2018-02-22 15:47 | Movies&Books
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日常に戻っても何度も反芻してしまう映画、というのがたまにあって、『シング・ストリート』がまさにそれだ。
1週間のうちに何度も劇場に足を運んだ友人もいる。
映画をほめるとき、「ストーリーがいい」「役者がいい」「音楽がいい」「美術がいい」などいろいろな切り口があると思うけれど、
『シング・ストリート』をほめたいときは、そんなほめ言葉ではとても足りない。
人生で最も美しい瞬間を切り取ったような映画なのだ。
ある部分だけが良いわけではないし、足りない部分も含めて強い強い光を放つ映画だった。
「青春」という言葉が持つ、もう届かないきらめき、みずみずしい青臭さや、恥ずかしさ、幼さ、傷つきやすい柔さ、その柔い優しさ、そういうものが物語に丁寧に織り込まれていて、たまらないほど胸が痛かった。

どこが良かったという話をしようと思えばもういくらでもできるし、1回しか観ていないけどほんとにどのシーンも忘れられない。
話自体はかなりシンプルで、鬱屈とした世界から外に飛び出す、そのきっかけが女の子でありバンドだっていうある意味では「ありきたり」な話で。
でもありきたりだからこそ!この物語は!全世界で多くの人の心をかきむしるんだよ!


なにしろ私がたまらなかったのは細かい言葉のやり取り。
好きな者同士が些細な言葉で傷つけあってしまう瞬間を描く場面が、本当に素晴らしい。
コナーとブレンダンがぶつかる場面とか、ラスト近いコナーとラフィーナの公園でのやり取りとか。
今まで心が通じてたと思っていたけど、本当はお互いにまだ見せてない深さや浅さがあって、
「悪」や「悪意」は存在していないのに、相手を傷つけてしまう、すれ違ってしまうという。
よくあることなんだけど、本当に切ない。
それに、外の世界に出るときには、避けて通れない苦しさでもある。
それが反対に作用する場合ももちろんあって、
コナーとエイモンのやり取りはどれをとっても泣けるほどほほえましい。
「どうした?」「レコード聴こう」とか、「やりたい」「やろう」とか、「何してたの?」「うさぎにエサやってた」とか、
日常会話以下のやり取りでたしかに心が通じてる瞬間が詰まっている。
恋人同士が惹かれ合うように、ただの知り合いじゃなくて友達になっていく過程がとてもなめらかで自然で、これもこの映画の素晴らしさの一つ。
「特別な友達」も間違いなく運命の人だし、バンドやってたら尚更だよな。


コナーがやってるバンド自体もさ、別に「分かり合ってる」集団じゃなくて、
「一緒にいると何となく楽しい」とか、「利害の一致」とかその程度のかかわりなんだよね。
でもみんなで「バンドやっている瞬間」に味わった高揚とか、その時間を宝物のように思う気持ちは本当なんだよ。
この映画を絶賛する音楽家たちには、「言葉が詩になって、詩が歌として立ち上がる瞬間をとらえている」という言葉がみられるけれど、
音楽やってる人でなくても、その瞬間の感動とかときめきを感じることができる。
「相手がどういう人間か」とか、「何を考えているか」とか、そんなこと全然わからないけど、
同じものを大切にできることの貴さ、相手を大事にしたいと思う気持ちの清さが、あるんだよ。
その貴さにコナー自身のむき出しといってもいいほどの幼さが交じり合って、
・・・なんだろうなもう。狂おしい。
人生で初めて、一人の人間として手に入れる友達、勇気、恋心、そして向き合える家族。
それらに全身でぶつかって、正面から傷つくひたむきさは、自分の過去で、現在で、身近な子供たちの未来だ。
そして人生の挫折ときらめきの瞬間に鳴る音楽の素晴らしさ。

もーこの映画の良さと比べたら、私の賛辞など本当に空虚なものだよ。
もっと内容的なことが知りたい人は歌多丸さんの絶賛批評を読んでください。
もう一回観たいな。観た人と映画の良さについて話したいな。

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by mouthes | 2016-09-21 15:32 | Movies&Books
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四十九日のレシピ。


タナダユキの、最初に笑わせて掴みはオッケーな感じが好きだ!
女性で、性の風通しが良くて、人を笑わせようとする監督って、日本でタナダユキだけじゃないかな。

穴のあいた風船に、ふうふう頑張って息を入れ続けるがごとく、
ちぎれた心にぎゅうぎゅうと愛を込め続けるような切なさ。

どうでもいいところでぼろぼろ涙が出るのは、
登場人物の感情が、見せつけるのでも表現するのでもなく、ちっちゃなほころびからぼろっとこぼれて、
心の中に流れ込んできてしまうからだ。

コロッケパンを突き放した後に訪れた別れ。
思い切って大宴会をしようと言いだした良平さんの明るい声。
百合子が浮気相手を目の当たりにして何度も感じる屈辱、子どもに見せた笑顔。
若い日に乙美さんを追いかけた良平さん。
あとからあとから人がやってくる四十九日の大宴会。
イモちゃんに最後の檄を飛ばす良平さんの強く震えた声。

わかり合おうとするのではなく、寄り添うために擦り減るのでなく、
みんなの「君が好きだよ」っていう素朴な気持ちが交差して、また離れていく。
それに感化されて泣くわ泣くわ。
これ劇場で観なくてよかったなあ。


それにしても永作博美って、「八日目の蝉」もそうだったけど女の人の心の隙間を表現するとこの上ないよな。
俳優でいうと誰だろう。西島秀俊か。「さよならミドリちゃん」か。

心がしっかりした形をしていたときなんて、今まで一度だってない。
ぐにゃぐにゃしながら、がちがちになりながら、びちゃびちゃになりながら、からからになりながら、
あれー?こんな形だったっけ?って毎日が過ぎていく。
傷口が膿んで、それが喜びを生んだりして、うれしいんだかかなしいんだかわからなくて、
ほんの少しずつ言葉にしながら、心を分け合っていく。
正しいとか間違ってるなんてこと、とうの昔にどうでもいいことだ。



そーれにしてもタナダユキの映画も、エイドリアン・シェリーの映画もそうだけど、
男がショーもなさすぎるな!!!

昔は「男の人のダメな部分を愛す」視点みたいなこと考えてたけど、
ちょっとつまらなすぎるよなー!

乙美さんに十分愛を示せなかったことを悔いる良平さんも、
不妊と介護に誠意を尽くしてきた妻に貞節すら守れなかった夫も、
ほんとになんかこう、びっくりするわ。
うちの家族の男たちが皆よくしゃべる感情表現の得意な人間だからだけど。
当たり前じゃないんだなあ、思ってることを口に出すって。
自分の考え一つでどうとでもなったことをどうにもできなかった後悔って、さ、
ほんっとくだらねえ。つまらないし。関わり合いたくない。

でも、やっぱり人を愛するっていうことはさ、人のそういう部分すら愛するってことなのかもしれない。
乙美さんがしたように。百合子さんがしたように。



あー、良い映画だったな。
華美じゃなくて、感情に訴えかける熱量が低くて、器用じゃなくて。

平熱のままで、とても良い映画だった。
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by mouthes | 2014-06-24 01:06 | Movies&Books
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圧巻のトニー・ケイ。
「私に思想はない」という言葉がどれほど真実かはわからないけど、
この人の人間を見る目は、やさしい。

トニー・ケイの作品は、ほかに「アメリカン・ヒストリーX」という映画しか観たことがない。
あの映画もすごかった。



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”ネオナチのカリスマ”だった兄をもつ少年が、黒人の校長にある課題を出される。
それは自分の兄についてのレポートを書くこと。
タイトルは「アメリカン・ヒストリーX」。
人を殺して入った刑務所から出所した兄の変化を読み取ることで、
アメリカにある差別と暴力が見えてくる。


当たり前のようにある差別、搾取と排除。
自分の目線で相手を理解することの難しさ。
一人で生きているつもりが周囲に守られていて、守りたかったものを守れない苦しさ。

こんなに人の心をえぐるのに、この映画は誰にも感情移入していない。
すれ違うことや、傷つけてしまうことに理由はない。
みんなわけもわからず生きて、わけもわからず死んでいく。
もっと良くなりたいと、それだけを願って。



「デタッチメント」の深度は、「アメリカン・ヒストリーX」のさらに上を行く。
もっと良くなりたいと願っているのは、どんな生い立ちのどんな年齢の人でも変わらない。

主人公、ヘンリー(エイドリアン・ブロディ)は倒れかけた学校を再生するための臨時職員として雇われる。
彼が持つのは英語の授業だ。
生徒たちとぶつかるのではなく、なだめすかし、言い諭しながら、自分自身と向き合わせる。
爆発しそうな感情は、誰かにぶつけて解消するべきじゃない。
自分と向き合うことで、「今よりももっと良くなれる」、そう信じてる。

同僚とも、家族とも、生徒とも、深入りはしない。
深入りすれば傷つくし、傷つけられる。
何かを期待すれば、裏切られたときに相手を呪ってしまう。
愛そうとすれば憎んでしまう。
「今よりもっと良くなる」ためには、深入りせずにできることだけをすればいい。
期待も失望もしないやり方が、継続には必要だと信じている。

ヘンリーは、自分の感情を語らない、語ることができない。
彼がかろうじて語ることができるのは、仕事のことだけ。
そして仕事について語ることで、彼は自分自身の心の奥を見つめることになる。



この映画といい、「BIUTIFUL」といい、
言いたいことが言えないということは、なんて悲しいんだろう。
人を愛したいのに愛せないということは、なんてさびしいんだろう。
そんな中で心が触れ合うということは、こんなに暖かく輝いているんだろう。
血と、痛みと、悲しみが、やさしさを指し示す。







今日も、がんばれよって、言ってるよ。
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by mouthes | 2014-01-26 17:12 | Movies&Books

Lie lie Lie

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中原俊監督の映画は、「気の弱い人がよくしゃべる映画」だなあと思った。
『12人の優しい日本人』も『桜の薗』も。
そこには「話を聞いてくれる人」の存在があって、
「なんかこいつの前ではとりつくろえないんだよな」っていう気の緩みがある。

どの映画も、
人間の本質が暴かれたり、
強烈な個性が見せつけられるわけではないけれど、
人間たちが関わりあった時の化学反応がかっこよく描かれてる。
謙虚で饒舌、緻密にして大胆。
ほんと、こういう映画をもっと観たいよなあ。

たとえばインテリとか、サブカルとか、
今のご時世に用いられるとちょっとキナ臭い言葉がある。
だけど『Lie lie Lie』が撮られたころには、
こういう言葉ってもうちょっと気取ったいい言葉だったんじゃないかな。
人をカテゴライズしてこき下ろすのもいいけどさ、
そういうことすると面白さがダメになっちゃうんだよ。
自意識と自己愛と、それにまつわる嫉妬と嘲笑に耐えられない言葉だったのはしかたないけど。
ほんとは特権意識も自尊心もないのにね。

そういう煩悶に、この映画ははっきり答えを出してる。

「一番臭うのは文学ってやつですよ、先生。
 臭くて仕方ない。生きるための言い訳をダラダラと・・・人間が臭うんですよ」

インテリでサブカルでアウトローな魅力がたっぷりつまった、
自意識にとらわれない物語。
中島らも原作と知って納得だったな。
人間が強くてかっこいい。
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by mouthes | 2013-09-07 05:24 | Movies&Books

時計じかけのオレンジ

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マルコム・マグダウェル!

かっこいいー!

いやもう名作が過ぎてかっこいいなんて言うと寒いけどね!

でもかっこいい!

「Singing in the rain」を歌うシーンは即興だってね。
本当に魔法みたいだよなあ。
仕組まれてるとしか思えない。

ちょっと調べたら、原題の「A Clockwork Orange」の、
”A”はアレックス、”Clockwork”は無機的なもの、”Orange”は有機的なものなんだって。
向きで無慈悲な計算と、底からにじみ出るような有機的な色気が絡み合う。
なんでこんなことできるんだろう。


”悪いこと”が”悪ふざけ”で、
”暴力”は”超暴力”で、
深い意味はないのにすべてが伏線!

こんなことができる人間がいるんだよねえ。
見たことないけど、作品があるってことはいるんだよねえ。

ラーメンズや山田太一作品とはまた全然違う味わい。
積み重ねるっていう作業は同じなのに、どうしてみんな違うんだろう。
何かを積み重ねるってことはこんなにもセクシーなことなのかね。


ふぞろいの林檎たち見てて思うのは、
みんな、「関係が壊れない」前提のもとに、ぶつかったり、くっついたりしてるってこと。
人間の弱さは変わらないのに、私たちの世代には、関係が壊れない前提なんてないんじゃないかな。
みんな、壊さないように、それこそ薄氷を踏むように、なるだけ体重をかけないようにしてる。
それはさ、やっぱりつまんないことだよね。
わかったような気にもなるし。
ぐっと重たい、そういう面白さだってあるよ。
でも、薄氷も踏めるようになりたいな。
うん、つまんねえけど。
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by mouthes | 2013-07-28 01:34 | Movies&Books

SHAMEは弱さなの

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この映画は、私ではない人の弱さの物語。


ブランドンとシシーの関係は簡単じゃない。
なんでああなるのかなあ。
もっと違う方法で、大切にすることができるはずなのに。

人を愛そうとすると気が狂ってしまいそうになるなんて、
そんな悲しい病気はないでしょ。
死ぬことも生きることも怖いなんて、どうしてそんなに悲しいんだろう。

感情移入なんてしないし、同情もしない。
「このままでいいと思っているわけじゃない」「嫌悪してる、くだらないと思ってる」
だけどそこから一歩も出てこれないなら、それは自分から地獄を選んでるってことでしょう。
なんでそうなの。




見ながら、私は映画の何が好きで、こんなに映画を見ているのか考えた。
昔は、知らない物語にドキドキしていた。
映画は好奇心のすべてをぶつけいていいものだった。


映画を観なくなりはじめたのは、自分の生活が少しずつ色づき始めてからだ。
忙しくなって、
それ以上に楽しくなって、
映画を見るよりもドキドキする物語を過ごしていた。
当たり前だ。
3Dだってこの臨場感に敵うわけない。

映画でない世界にあった喜びや悲しみ。
苦しさやみじめさ。
それを上回る快楽。
そして答えられないような疑問。
救いようのない食い違い。

靴擦れの、マメの潰れた後の皮膚が固くなるように、
心にはかたい部分が増えたように思う。
そうでなければこの靴は二度と履けなくなる、それが怖くて、痛みを耐えた。



私は生きているだけだよ。
強いわけじゃない。
でもそれが誰かを打ちのめすなら、それもまた悲しいことだなあ。



映画には、
少なくともこの映画には、目の前に人がいるような苦しみがある。
いつか見たことのある感情が、ごろっと横たわってる。
気持ちのいい映画ではないけれど、強い感情が私に問いかけてくる。

目の前に現れた弱さに、私はまだ問いただすことしかできない。

なんでそうなの、どうして。
このままではまた同じことを繰り返しちゃうなあって、悲しくなった。
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by mouthes | 2013-07-19 18:12 | Movies&Books
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「ハンガー・ゲーム」観たー。
面白かった―。
かなり夢中になって観た。
観る前からそもそも勝つのは分かってる。
こういう映画で主人公死ぬと思って観る人ってほとんどいないよね?
注目すべきはどうやって勝つか。
それを作る側が徹底して意識してるのがわかったし、わかって観ててもアッパレだった。

テーマ、コンセプトが「バトル・ロワイアル」的な箱に詰められてるから、
どう比較しようか考えてる人が多いみたいだけど、
ああいう「社会風刺とヒューマンドラマ」みたいな箱とは作りも違うし、
「ソウ」みたいなゲーム性や残忍さもひかえめ。

どちらかと言えばファンタジー、ホラー、アイドル映画、
そういったたぐいだと思うね。


まさにスクリームのような!



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要はジェニファー・ローレンスだし、
「これぞ女子映画!」って感もある。
女の子は強いときが一番輝いてるよ。

ファンタジーほど「作り物」を意識しているものはないし、
ファンタジーに吹き込まれた命こそが真実を見せるんだよ。
ふだん取り立てて表情のない照れ屋な人が、時折見せるはにかみ笑いのように。(だまされ易いものでもあるが)

だからあの雑なティム・バートンのような虚飾に満ちたキャピタルの世界観も、
それに対を成す中世ヨーロッパ的ディストリクトの様子も、
わざと少し大げさに作られている。
「作り物ですよ」と言わんばかりに。
そしてあれを「作り物だ」と思って鑑賞するときに、ファンタジーは問いかけてくるのですよ。

「お前の世界とどう違うのか」と。

ありふれた貧富の差が、支配と被支配が、人を殺してでも生きたいという気持ちが、
目の前に突き付けられたらもうこのゲームに巻き込まれてるんですよ!

鑑賞者は主人公でありゲームの観客でありキャピタルの支配者となる、
つまりエンターテイメントとしてはこれ以上ないエキサイティングさ!
どきどきしました。
シリーズ化してどこまで展開していくのか楽しみです。
ゲットーで暴動が起きるにしても、ゲームで革命が起きるにしても、
イデオロギーとか突き詰めると陳腐でしらけたものになりかねないのでそうならないように祈ります。




そして誰しもカットニスのように戦えるわけではないけれど、
もう戦いを拒むことのできない世界に私たちもいるんだよ。
それは分かってる。
言われるまでもなく。
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by mouthes | 2013-05-03 15:48 | Movies&Books

最強のふたり

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このDVDジャケットの写真が、映画を観る前から「いいなあ」と思っていたけど、
観た後に見るとなおさらいい。

悲しい場面じゃなくて、笑顔になる場面でこそ涙が出る、たまらない映画だった。

必要な時に必要な人が現れる。それに気付くか気付けないかはわからないけれど。
フィリップは自分に必要な人間が解っていたし、
ドリスはいつだって求めているものが明確だから、
ふたりはかけがえのないパートナーになれたんだよね。
強い気持ちを持っている人同士の間では、
「相性」なんて都合のいい言葉ではなくて、
関係がそうならざるを得ない、不可抗力みたいなものが働くんだ。

踊るドリスの足元にカメラがふられて、
周りの人々が踊りだすのを見ながらフィリップは大笑いする。
楽しい気持ちも、うらやましい気持ちも、恋に対する昂揚と負い目も、
何もかも否定されるようなことじゃないんだよ。
白人と黒人、富豪と貧乏人、障碍者と健常者、老人と若者、
そういう差別やふたりの違いが、なくなるわけではなくて、
重要な問題ではなくなる、それよりも大事なものがはっきりとあらわれる。
それは丁寧なやり方でしか表現することはできないと私は思っているんだけど、
ドリスのキャラクターやそれを心地よく思うフィリップの受け答えで、
息苦しく思わせず、リズムに乗っている。
こういうのをエンターテイメントと言わずしてなんという!

ワクワクさせられたり、ドキドキさせられたり、笑わされたり、胸が締め付けられたり、
しみじみするんじゃなく、何気ないシーンに溢れる多幸感で笑いながら泣ける。
これはたまらないです。

この監督は人ったらしですよ!
最初から最後まで心を振り回されて、こんなに気持ちいいなんて、
とんでもないですよ!
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by mouthes | 2013-04-06 17:42 | Movies&Books