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皆殺し文学はやめだ

by mouthes

レボリューショナリー・ロード  (解釈)

「あるシーンに対して、私はこう感情移入した」という備忘録。
まあ、忘れてもいいことだけど。
言っとくけどネタバレすっからね!



結局、この夫婦の痴話げんかは、
手加減なしのベアナックルでありつつ、心ない言葉だと思う。

怒りに駆られて本心を言うというよりは、口から出まかせに近いと思う。

冒頭で「女優になれなかったのは僕のせいじゃない!」ってフランクは怒鳴るけど、
そんなことを本気でエイプリルに言いつのりたいわけじゃないと思った。
言いたいのは「機嫌直せ」ってただそれだけでしょ?
でも要らないこと言っちゃうの。ムカついてるから。ただそれだけの理由で。
愛してるからひどいことは言わないって、そんなことはないんだよ。


エイプリルは、激情的な女性だと思うけど、
彼女もまたフランクを愛していたと思う。
フランクをよく理解していたと思う。
彼女は、フランクが≪家庭のために≫多くを犠牲にしていることを知っていたし、
「女優になれなかったのは僕のせいじゃない!」という言葉にすらそれを感じていたと思う。
予期せぬ妊娠で、フランクは自分のことを責めていたろうし、判で押したような生活を軽蔑していたはずだ。
エイプリルにはそれがわかってた。
安定のなかでゆっくり死んでいくのに耐えられなかった。
「自分たちが特別な存在であるという夢」なんかとっくに捨てていたと思う。
彼らが捨てられなかったのは、「生きる」ということだ。
ずっと、それだけが、彼らにとって何よりも切実なことだったのだ。
「生きる」ということが特別なことだとしたら、すでにゆっくり死んでいるのだ。



家庭で「生きる」ことができる人もいるし、できない人もいる。
誰かのためにと思って生活できる人もいるし、できない人もいる。
何かを表現したときに満たされた心を、
感じたことのない刺激に生まれ変わっていく体を、
経験したことのある人は、なかなか忘れられない。
その時に満たされた心と体が、唯一の真実であるように思えてしまう。
どんなに馬鹿げたことでも、安易な夢でも、それが真実に思えてならない。
そういう時ってないかな?
そういう経験て特別なものかな?
家庭を何十年も支える中で、「生きる」実感を得る人もいる。
そうじゃない人だって、いるよ。
正しいとか間違っているとか、良いとか悪いじゃなくて、そういう人は救われないのかな。

エイプリルはわがままだったと思う。
母親として慈愛を欠いていたと思う。
フランクは意気地なしだたと思う。
誠実な男ではなかったと思う。
だけどそれだけじゃないよ。
それだけじゃないから、観てるのがつらかった。



「今」じゃなきゃダメな瞬間が、あたりまえのように、たくさんあると思う。
ダメなんだ。
待っていたら死んでしまうのだ。
当たり前のようにくる明日に殺されてしまうのだ。
私は、エイプリルが感じていたその意識は、強迫観念ではなく事実だと思う。
決心した次の日に死なないって誰が言える?
どんなに用心していたって、死ぬときは死ぬ。
生きることをあきらめたくない。
それが異常かな?



フランクとエイプリルがパリに行くと聞いて、
シェップとミリーがそれを笑った後、ミリーだけが泣いたのは、
きっとシェップの浮気に気づいていたんだと思う。
シェップがエイプリルを魅力的だと思っていることに気づいていたんだろう。
凡庸な妻にシェップは気を遣っていなかったから。



「あなたは、1人目の出産が間違いではなかったと証明するために2人目を産んだのよ」
「子どもたちのことは愛しているわ」
「2人の子供を中絶しかけたことは?」
このあたりのケンカは、壮絶だった。
どっちも歯がなくなるくらい言葉でなぐり合っていた。
フランクは結局、エイプリルのことを愛していたけれど、理解はしていなかった。
エイプリルはフランクを愛していたし理解していたけれど、それよりも大切なことがあった。
それがはっきりしてしまうのは、すごく残酷だった。



エイプリルにとっては、やっぱり、「今」でなければダメだったんだ。

パリに行こうと言って、怖気づいたフランクに、
フランクが「生きる」ということをエイプリルほど切実に願っていなかったことに、
エイプリルは絶望したんだ。

フランクはエイプリルを愛していたのに、
エイプリルにとっては「生きること」の方が大切だったことも悲劇だ。

だから「愛していないわ」といったのだ。
彼女の愛したフランクは、死んだも同然だったんだ。
そして、フランクを愛したエイプリル自身も、そのとき死んでしまったのだ。
だから死んだのだ。


エイプリル風に言うなら、「生きる」ということがエゴだっていうなら、エゴで結構よ。
そんな感じだと思う。



エイプリルの行動も、遺された人たちの恥知らずも、
あまりにも感傷的だとは思うけど、
そうならざるを得なかったんだろうと思う。
それくらい、エイプリルにとって「生きる」ことは重要だったし、真実だったんだと思う。



悲しい。
何度思い出しても、とても悲しい話だ。
レボリューショナリー・ロードのきらきらした若夫婦は、
彼らが描いた夢と同じように、捨てられて忘れられていく。
そして覚えている者にとっては深い傷になる。
そうならざるを得なかった。

あたしは村上春樹は嫌いだけど、サム・メンデスは好き。
やることやってから死ぬから、好き。
by mouthes | 2011-11-02 06:29 | Movies&Books