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つぶやくけれど意味はなし

自分の中に「必要とされていない」感覚、「役に立たない自分」という感覚が常に、どこかにある。

それにともなう自問とか内省とか具体的な議論とかはさておき、
たとえ口先だけでもそれを言い続けてないとダメだという気はする。



あるところでは、漫画家、編集者、いろんな立場を巡って議論が活発らしい。
でも、はっきり言って、漫画なんてこの世に必要ない。
絶対必要ない。なくていい。この世にたくさんある「なくても生きていけること」と同様に、漫画なんてなくていい。


誤解しないでほしい。いや、別に誤解をしても良いけど、フェアじゃないので一応言っておく。
この文章を読んでいるどんな人よりも、私は漫画が好きだ。
ただ、ジャンルを超えてあらゆるマンガを読みこなしているわけでもないし、
好きな作家の好きな話の好きなセリフが何巻の何ページに書いてあるぜとかそういう知識もない。

だけど一つ言えることは、私はマンガを信じているということ。
目に見える現実と同じように、マンガを信用しているってこと。
それ以上にマンガを愛する術を、私は知らないし、その一点において、私には自信がある。
私は誰よりも、マンガが好きだ。



そして、漫画家は、愛されるべきだけれど、守られるべきじゃない。
だって守られるかどうかで、その漫画の真価が問われているのだから。
漫画を食い物にしている虫のような人は大勢いる。
それは漫画だけではなく、あらゆる芸術、学問について回る。
その人たちにとっては、作品の必然性やエネルギー、葛藤、粉骨砕身の努力はなんの意味もなく、
自分たちに富をもたらすかどうかが作品の存在意義なのだ。
これは、恐ろしいことだと思う。
こうまで肯定される悪意、学校では見ることも許されない。

だけど、それは、いつだってそうなんだ。
漫画家が本当に作品を届けなければいけないのは、そういう魂なんだ。
目の前の人間にすら届かない漫画に、どんな力があるというんだろう?



再三言うようだけれども、漫画なんて無くていい。
だけど「無くていい」と知りながら全身全霊で漫画を描いている、それを喜んでいる漫画家をあたしは知っている。
自分の抱えた感動が、どうか少しでも遠くに届きますように、どこかで育ちますようにと、
祈るような気持ちで漫画を描いている人を、私は知っている。
きっとこの人は、漫画がただの紙とインクの合わせものってだけじゃないと信じている。
誰かに、知らなかった感情や見たことのない景色を味あわせることができると。
漫画を信じている人の言葉を、私は信じてる。



「アイデン&ティティ」の彼女は言った。

「理想を追い続けること。それがあなたの使命」と。

全ての作家はこの使命を負って、荒野に放たれる。
漫画家とて例外ではない。

結局、賃上げ・賃下げを巡って議論を醸している漫画家も、
漫画を食い物にするかのように高給を取り漫画家を虐げている編集者(見たことも聞いたこともないけど)と同じ穴のムジナだと思う。
むかつくよ。
この中の誰が漫画のことを真剣に考えてるって言える?
この中の誰が漫画のことを愛してるって言える?
そんなに嫌なら漫画なんて描かないでほしいよ。
漫画を守るのは、漫画家の役目じゃない。
読者や、漫画に感動した人々の役目だ。
あたしは、「漫画は読まれて当然だ」なんて思っている作家の傲慢にまみれた作品なんて読みたくない。
日々自分の傲慢さに嫌気がさしているというのに、どうして人の傲慢まで味わおうなんて思うだろう。

漫画に意味があるとしたら、それは漫画が誰かの心を救ったときだ。
ごみごみした日常の中で、もしかしたら狭く暗い部屋で、満足も飽和した生活の中で、
誰かの心に触れた時、漫画は価値がある。



立場や見方はどうあれ、「イイ漫画がもっと読まれるべきだ」と思っている人がいるかもしれない。
だけどイイ漫画ばかりが求められているわけじゃない。
駄作を好む人が大勢いて、みんなくたびれる毎日の中で名作の鋭さより駄作の柔さに癒されるとしたら、どちらが自己満足的だろうか?

「売れる」「売れない」にまつわる議論は単純なものではないのだろう。
だけど、例の議論の中に感じる、
理想を追って、挫折して、それでも「やりたいこと」を捨てられなくて、苦しくて、ただ自分は汚れたくない、まだ汚れてはいないというような、
踏ん切りの悪さ、半端さは否めない。
そういう人たちが漫画をダメにしている気がする。



結局、求められるものが出回っているのだ。
あたしはそう思う。


そういうわけでくるりの「魂のゆくえ」が早く聴きたいです。


♪くるり「ロシアのルーレット」
by mouthes | 2009-08-18 13:31 | footmarks