皆殺し文学はやめだ

by mouthes

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一年前の今ごろ

一年前の今ごろ、今と同じようなことを思っていたのだな、と思いながら新しい日記を書く。
日記を書くのは好きな作業の一つだけど、好きなことがいつもできるとは限らない。
そして、今年は手書きの日記を購入したのでこちらに書くことはほとんどなくなってしまった。

ブログ自体は、わたしは中学生の時から続けていて、何度かページを変えつつ、
このページは高校1年生の頃に始めたからもう10年以上になる。
感慨があるようなないような。
ブログを始めた時のようなむきだしでみずみずしい文章はもう書けないし、
映画や音楽の感想だってここに吐き出さなくてもいいくらい、
家族や友達との関係も作ることができた。

思い返せば、あのころから思えば、本当に夢のような今がある。
このブログを続ける意味は、もう無いのかもしれない。





だけど続ける。
なぜなら、もうすぐ私の家族は実家を手放すから。
両親は地元に帰省し、私も含めて兄弟全員が所帯を持って独立し、
もう住む人のいなくなったあの家を、私たちは手放す。






大事なものを一つ手放すとき、何を失って何が残るのか、
ここに書いておきたい。
いうなれば、実家整理日記だ。
そして、実家を手放したあと続いていく私の生活がこれまでと地続きであることを、
ここに書くことで改めて覚えておきたい。
このブログは、過去と私をつないでくれるものの一つだから。

実家がなくなることは、私にとってすごく大きな出来事で、
失う前から喪失感が強烈にあるのです。
これまでと今までが切り離されてしまような強い痛みが。
寝て食べて、ケガして喧嘩して、笑って泣いて、
家族と過ごしてきた長い時間が存在する場所で、
あの場所があるから家族が家族でいることができるような感覚があるせいだと思う。
それは錯覚だし、幸い家族仲もいいし、みんなすぐ会えるし、よく電話もする。
だけど、だけど。
あの床のくぼみまで覚えてる。
あの壁の穴はお兄ちゃんが起こって殴ったせいで、
みんなで考えた壁紙、リフォームした食器棚、
お母さんの肝いりだけど、お兄さんがぶつくさ言ってた和室のクローゼット、
はじめての自分の部屋だと思った押入れ、
風通しのいい大きな窓、
リビングでホラー映画見てた時、隣の和室から聞こえるお父さんの寝言にびびってふりむいたこと。
子どもの頃は全然勉強しなかったのに、
大人になってから、一人が勉強し始めるとだんだんと兄弟が集まった長いテーブル。
そういうこと、ずっと覚えていられるのは、場所があるからこそのような気がして。
今でも全員、あそこの住所をそらで書けるはず。
やたら長い住所。
あーあ。
悲しい。
すごく。
悲しみを漏らすわたしに、わかってたことを次兄が言う。





「場所がなくなったからって、家族でなくなるわけじゃないし、みんな失くすことは悲しいんだよ。
 でもさ、みんなが同じような喪失感を共有するっていうのもさ、きっと大事なことなんだよ。
 素敵なことでもあるよ。
 悲しいだけじゃなくて、前向きに決めたことだから。
 あの部屋は、405号室はいい部屋だった、素敵な部屋だった。それで十分でしょう」




そうだよね。
わかってる。
今はすごく悲しいけど、どうしようもく寂しいけど。
これ書きながらやっぱり泣いてるけど。

あの家の最終回のその日まで、たっぷり悲しむことによう。



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by mouthes | 2017-08-26 20:09 | footmarks