皆殺し文学はやめだ

by mouthes

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悲しいことがあっても

今の自分が好きだ。
いとおしいと思う。

昔はそうじゃなかった。
苦しかった。
寝起きに襲い来る鈍い頭痛が、一日中続いているような、
いらいらした痛みがあった。
誰のことも好きじゃなかった。
自分のことはきらいだった。

それが変わったことにはたくさんの出来事が関係している。
善良さを知って、育ててもらって、それがわかるようになって。
それが半分。
もう半分は顔面から転ぶような痛々しくてみじめな出来事だ。

よく、苦しい経験をして、「あの経験があったから・・・」と振り返ったり感謝したりしてる人の言葉を聞くが、
まだそんな風に思えたことはない。

みじめな出来事は、相変わらずみじめだ。
傷が薄くなることはあっても、なくなることはない。
いつだって生傷になる。じくじく痛む。

こんなこと、なかったらなかったで楽しく生きていけたと思う。

ただそんな未来はないし、過去は変わらない。

だから過去を憎むのはやめた。
やめただけ。

もし誰かのせいだとしても、それを憎むのはやめるんだ。
誰かを責めることがあるとしたら、それはより良くなるためだけにするんだ。
それ以外の感情が、もしすこしでもあるなら、
それは呪いだから、
感情をできるだけ細かくして、自分の中で飲み下す。

許さないなんて思ってないよ。
出会えてよかったとも思わないけど。

あなたが誰かを愛せますように。愛されてきたことを知りますように。
そうしたらきっと心の価値がわかる。
それだけで十分だ。
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by mouthes | 2015-02-13 12:51 | footmarks

気づき

スチャダラパーの「1212」


世界人権宣言の真意
 人は、他人の命を大切だと思うことができない。
 そして他人の命を大切だと思わない思想がありもしない「正しさ」を作り上げ、それを押し通すための虐殺を許す。
 しかし、私たちには確かに、「大切な他者」がいる。
 そうした者たちが死んだとき、確かに「自分が死んでしまったこと」を知る。
 人間は、心によって生きており、心は他者によって育てられるからだ。
 だから、人間が人間を大切に思うことを、多くの国々が決めた。
 これは情緒ではなく、社会のためのルールだ。


「イスラム国」による二人の人質の死
 これによって世界中のイスラムが差別を受けることがありませんように
 このことが新たな争いに利用されませんように


世界史を学ぶ中で
 力のある人間が力のない人間を支配する
 しかし力は絶対的ではなく、ましてや特権的でもない
 弱いものは強くなり、強いものは弱くなる
 ローマの平民支配の盤石さはすごい!
 平民にとって重要なのは哲学ではなく食事だ
 しかし支配者は笑わない!慕われるのは文化だ

HK仮面とビーバップ・ハイスクール
 この二つを並べると、
 不思議とHK仮面の方が現実的で、ビーバップ・ハイスクールの方がファンタジーだ
 これはSEKAI NO OWARIとミッシェルガンエレファントを並べると、
 SEKAI NO OWARIの方が現実的でミッシェルガンエレファントの方がファンタジーだということと同じだ
 ファンタジーは、「作っている」ことが感じられてしまえばそこで関係が終わってしまう
 「そこにある」と思わせてくれなければ、ファンタジーの甲斐がない
 虚構にしか表現できない現実がある、と好きな作家が言っていた
 ファンタジーは心の表象で、それは現実には存在しないのに確かに「そこにある」という、
 魔法としか言いようのないものだ
 だからあのビーバップ・ハイスクールの冗談みたいなリーゼントも、悪ふざけも意地の張り合いも、
 ハクい不良のねーちゃんも、どうしたって可愛い中山美穂も、
 魔法の中にある
 ミッシェルガンエレファントも、そうだ
 もちろん
 

最近自分の体が自分のしたいように動く
形も具合も手に取るようにわかる
こんなことを思えるようになったのは最近だ
ああとっても苦しかった
自分を動かすための研鑽は生活を愛するために輝く


今度は遅刻をしないように
誰かを愛するために
誠意を届けるために

愛と誠!
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by mouthes | 2015-02-04 16:54 | footmarks