皆殺し文学はやめだ

by mouthes

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四十九日のレシピ。


タナダユキの、最初に笑わせて掴みはオッケーな感じが好きだ!
女性で、性の風通しが良くて、人を笑わせようとする監督って、日本でタナダユキだけじゃないかな。

穴のあいた風船に、ふうふう頑張って息を入れ続けるがごとく、
ちぎれた心にぎゅうぎゅうと愛を込め続けるような切なさ。

どうでもいいところでぼろぼろ涙が出るのは、
登場人物の感情が、見せつけるのでも表現するのでもなく、ちっちゃなほころびからぼろっとこぼれて、
心の中に流れ込んできてしまうからだ。

コロッケパンを突き放した後に訪れた別れ。
思い切って大宴会をしようと言いだした良平さんの明るい声。
百合子が浮気相手を目の当たりにして何度も感じる屈辱、子どもに見せた笑顔。
若い日に乙美さんを追いかけた良平さん。
あとからあとから人がやってくる四十九日の大宴会。
イモちゃんに最後の檄を飛ばす良平さんの強く震えた声。

わかり合おうとするのではなく、寄り添うために擦り減るのでなく、
みんなの「君が好きだよ」っていう素朴な気持ちが交差して、また離れていく。
それに感化されて泣くわ泣くわ。
これ劇場で観なくてよかったなあ。


それにしても永作博美って、「八日目の蝉」もそうだったけど女の人の心の隙間を表現するとこの上ないよな。
俳優でいうと誰だろう。西島秀俊か。「さよならミドリちゃん」か。

心がしっかりした形をしていたときなんて、今まで一度だってない。
ぐにゃぐにゃしながら、がちがちになりながら、びちゃびちゃになりながら、からからになりながら、
あれー?こんな形だったっけ?って毎日が過ぎていく。
傷口が膿んで、それが喜びを生んだりして、うれしいんだかかなしいんだかわからなくて、
ほんの少しずつ言葉にしながら、心を分け合っていく。
正しいとか間違ってるなんてこと、とうの昔にどうでもいいことだ。



そーれにしてもタナダユキの映画も、エイドリアン・シェリーの映画もそうだけど、
男がショーもなさすぎるな!!!

昔は「男の人のダメな部分を愛す」視点みたいなこと考えてたけど、
ちょっとつまらなすぎるよなー!

乙美さんに十分愛を示せなかったことを悔いる良平さんも、
不妊と介護に誠意を尽くしてきた妻に貞節すら守れなかった夫も、
ほんとになんかこう、びっくりするわ。
うちの家族の男たちが皆よくしゃべる感情表現の得意な人間だからだけど。
当たり前じゃないんだなあ、思ってることを口に出すって。
自分の考え一つでどうとでもなったことをどうにもできなかった後悔って、さ、
ほんっとくだらねえ。つまらないし。関わり合いたくない。

でも、やっぱり人を愛するっていうことはさ、人のそういう部分すら愛するってことなのかもしれない。
乙美さんがしたように。百合子さんがしたように。



あー、良い映画だったな。
華美じゃなくて、感情に訴えかける熱量が低くて、器用じゃなくて。

平熱のままで、とても良い映画だった。
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by mouthes | 2014-06-24 01:06 | Movies&Books