皆殺し文学はやめだ

by mouthes

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夏が来た!そのあとに





歳をとるのがすごく楽しい。
そんな今年も終わる。

自分の心も体も持て余していたときのことを、思い出すことの多かった一年だったな。
教育実習行ったってこともある。
「若いっていいね」なんてよく言うけど、
わたしが16,17のときなんて、ろくなもんじゃなかったと思う。
顔色悪いし、いつも便秘だし、男にはモテないし、友だちはいないし。





何か足りないものを、何かできないことを、
ひとつずつぶつかってどうにかしようとしてきた。
当たり前のことができない自分を憎みながら、
何をしても傷つけたり傷ついたりしてしまうことに窮屈しながら、
何もかもうまくいく日を望んできた。


それがあまりにも傲慢な願いだって気付いたのは最近のこと。
私の思い通りにしたいと思ったとき、私は誰かを憎まずにはいられない。
あなたを、彼を、彼女を、そして私自身を。
違うよね。
そんなことしたくて頑張ってるんじゃないよね。
ときおり私を満たす、あのうれしい気持ちの正体ってなんだっけ。

ジュテーム?
ジュテームがしたいんだよ。





あのうれしい気持ちを手に入れるためにはさ、
自分の外に出る必要があるんだよ。
自分の思い通りにしようとしたり、誰かに何かされるのを待ったり、するんじゃなくて。
無くなってしまうものを恐れるんじゃなくて、いつもできることするために体動かせるように。

もう、子どもじゃないからね!





年とったから、いろんなことできるようになったよ。
これからもたくさん出会うハジメテを心で抱きしめるよ。
全部平らげてにっこり笑うよ!
笑うべきだとわかったときは、泣くべきじゃないんだぜ。
笑顔、笑顔。





あのとき縋っていたいろんな音楽の、いろんな言葉の、いろんな想いの、
意味が少しずつ分かりはじめる。
大人になったから。
アツアツに蒸かしたジャガイモを割って出る湯気のようにさ、
ほろっと砕けて、中からいのちがこぼれるような。
そんな体験もたくさんしたんだ。
自慢。いいでしょー。


私大切にされてることがもうよくわかったから、
今度はさ、
私よりも大切な物を、たくさん見つけられるといいな。





夜も秋も盗めないようなね!
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by mouthes | 2013-12-31 16:30 | footmarks

ここには喜びがある

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「かぐや姫の物語」観てきた。
観る前は「おもひでぽろぽろ」で感じたぎゅーっとした感情をまた味わってしまう、
と思うと期待と緊張で胸が張り詰める事態でした。


しかし観終わってみると、全然しっくりこない・・・
好きなシーン、言葉、作画、たくさんあるけれど、
私の何かを変えてしまうようなあの感覚が、味わえない・・・

そしてありきたりの問いに至るのです。

「どうして今、『かぐや姫』なの?」



歳を考えれば遺作だろうし、
数十億を投資した大作だって聞いたし、
「風立ちぬ」みたいなわかりやすいメッセージが、このよくできた物語のどこにあるんだろう?



答えはここにありました。


雨宮まみ「戦場のガールズ・ライフ  『かぐや姫の物語』の、女の物語」



私には、わからなかったなあ。
わからないことで気付いた。
私は、「女として生きる外圧」を感じないまま24年間生きてきたんだ。
その外圧と苦しみを体験したことがないから、女なのにわからなかったんだ。


私の父や母は、末娘の私を「女」として育てることがなかった。
歳離れた二人の兄もそうだ。
傍にいてくれた友達も、恩師もそうだ。
私は「私」として、24年間豊かに育まれてきたんだ。


私にとって私が「人間であること」は当たり前のことだ。
男女なんてしゃらくさい言葉が邪魔できない、心の交わりが私にはある。
引け目も、意地もない。



それだって、惨めで苦しい思いはたくさんした。
「女」と見られぬことを理不尽だと思った。
そして「女」として満足に振舞うことのできないかたくなな自分が嫌だった。
外圧を加えようとする者を跳ね返せる、自分の強さが邪魔だった。

従順になれたらよかった。
みんなが良いと思うものを良いと思いたかった。
あの輪の中に、どうしても入りたかった。




だけど、できなかった。




「女になりたい」、と望んで、
「女」になり始めたのはつい最近のことだ。
私はきっかけと鍛錬でだんだん「女」になり始めた。
自分の頑なさが溶けていくのがうれしかった。
「子どもでないこと」は限りない喜びだった。
この体が気に入っている。




だから私には、「かぐや姫の苦しみ」がわからない。
当たり前のように女として見られる苦しみが、
人の期待に答え続けられる覚悟が、
私にはわからない。

女だったらわかるわけじゃないんだよ。
体験したことのある人だけが持てる実感が、この物語には確かにあるのだ。




「おもひでぽろぽろ」で私が感じた気持ちを、雨宮まみさんは「かぐや姫の物語」で感じたようだった。

「どうしてわかるの」「なぜ知ってるの」
そうだよ、高畑勲はそんな物語を描ける人だ。
山田太一やサム・メンデスと同じように。




私は、あの邪魔だった私の強さを、苦しみから逃げられない頑なさを、
心の底から嫌っていた。

私の望み通りでない、欲しいものが手に入らない自分が嫌いだった。

だけど、だけどね。

今は愛してるよ。
愛されているということが分かったから。
その強さが、頑なさが、私に喜びをもたらしてくれたから。



この愛はメッセージ。
祈り!光!続きをもっと聞かして!








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by mouthes | 2013-12-20 11:57 | footmarks

ドラマチック執着

ドラマのような出来事と愛についての考察のいくつか。






月曜日、約束をすっぽかされた。
約束、であったかどうかが微妙なところだが、何の連絡もフォローもないところを見ると、
やはりすっぽかされたのだなあと思いながら店を出た。
「別れ」となるであろう、大切な日だった。

帰り道は、怒りやむなしさというよりも不可解のほうが強く、
「こんなことをされる謂れはないぞ」とその理由を探っていた。

方々で相談がてら愚痴をこぼしながら、面白おかしく顛末を話す。
やはり誰が見ても不自然な状況ですっぽかされたようで、
ますます理由がわからない。


約束したと思っていないのでは?
急に用事が出来たとか?
わざとこちらに不快な気持ちを持たせるために?


「すっぽかされた」という事実からあまりポジティブな理由は考えられないのだけれど、
「最悪の事態」を考えてみてもどうにもしっくりこない。
だって向こうにとっても損しかない。
私みたいな距離の遠い人間を雑に扱うなんて。
悪評とかたったらどうすんの?
それにその人の人格とも符合しない。
私は10年来の友達でもなければお母さんでもないのだから、甘えられているとも考えにくい。
拒絶されるほど近づいた覚えもない。
関係を断つにしてももっと禍根を残さない簡単な方法があるはずだ。
わざわざ、こんな風にするなんて、簡単には納得できない。




最後に相談したお姉さんが、「なんでもなーいメールでも打ってみたら?」というので、
「打ちませんよお~」などといいつつ、「そうしてみる?」なんていって、
「月曜に会えなかった、別れを言いそびれた云々」というメールを送ってみたところ、すぐに返信があった。

「月曜はいけませんでした。ではまた」程度の内容の!




なんだか明確に怒ってらっしゃるような気がして、
というかそれを伝えられているようにも感じ、
これもまた率直に聞いてみる。




「そうでなかったら考えすぎですが、何か怒っていますか?」

すると「考えすぎです(笑)」だってさ。



しかし怒っていたは怒っていたようで、やつあたりをしてしまったといって謝られた。
これはどこまで真に受けるものやら、と思いつつ、やはりよかった、とも思うところ。

まだ、微妙なのだ。
負の感情をまっすぐに伝えられるほど、関係が成熟していない。
それくらいわかってる。



いろいろなことを話して過ごした時間は、会った回数を考慮すればかなり長い。
でも私はこの人のことをまだあまり知らないし、この人に対する自分の感情を図りかねていた。




また、気持ちを押し付けて関係を壊してしまうのが怖かった。
私の思い通りにならないことに対して、癇癪を起こしてしまいそうな自分が嫌だった。
物として見られることのみじめさで、窒息しそうになるのはごめんだった。




だけど、こうした「関係に対する執着」が、なんとなく自分の中にドラマを形成して、
わたしはちゃんと今、「恋をしている」と言うことができる。
パッと見て好きになったんでもなければ、一緒にいたことの惰性で情が湧いたのでもなく、
きっかけと執着でひとつずつ関係を積み上げていくことを経験している。





朝起きて、私は新しい恋に浮かれていた。
オザケンなんか聴いて。









卒論のめども立ちつつあり、なんだか一歩踏み出すたびに自分が新しくなっているような気持になった。
空は晴れてる。
お気に入りの靴が履ける。
空気は冷たくてコートは暖かい。
世界がキラキラ輝いてどんどん自分の中に入り込んでくる。



そんな風に自転車を走らせて、踏切で止まった。
顔をあげて、何気なく向こう側を見る。











ほとんど一年ぶりに、見知った顔を見つける。

この一年、同じ地域に住んでいたのにまったく顔を合わせることはなかったのに。

この時間に踏み切りに来るのは大学が後期に入ってからほとんど変わらずにしていたことなのに。

顔を合わせてしまうのではとひやひやしていた時もあった。

とても平静を装えるとは思えなかったから。










でも、私は少し慌てたくらいで、それに押しつぶされることもなく、
踏切が開いたときに目を合わせないように通り過ぎた。



私に与えられた新しいもの、新しいからだ、新しい思考、
そうしたものが、その人に対する負の感情や、自分に対するみじめさを雪いでくれていた。

私は、あの時みじめで弱くて身勝手に壊すことしかできなかった私じゃない。
あの人のかわいそうなところを、憎むしかできなかった私じゃない。



「憎しみはなにも実らせない」、だからね。




卒論は、図らずも性愛について書いてる。
「キリスト教的な愛」について学ぶ中で、
それが「抽象概念」ではなく「体験に基づいた実感」であることを知る。

そして、私もそれを感じたことが、確かにある。

すべての行い、それは良いとされる行いも悪いとされる行いも、
愛を達成するためにある。

愛とは、「他者を生かす」ことだ。

他者を生かすことで、私は最大に生きる。

それは実感を伴った真実だ。パウロや、アウグスティヌスや、ルターや、カルヴァンは、ちゃんとそれを体験していた。
ある種普遍的な知恵のようなものだ。

私たちは、私たち自身のことだけを考えているうちは、死に向かっている。
そして、それは徹底したディスコミュニケーションであり、思考停止だ。
イメージとしては窒息に近いかもしれない。
ミスチルみたいな、自分らしさの檻とか、そんな生易しいもんじゃないよ?
密閉された狭い部屋で自分の吐いた息に押し殺されるような、切迫した状況。



他者を生かすために世界に働きかけるとき、私たちは私たち自身から抜け出ることができる。
それが「本来的な生」なんだって、おにいちゃんに何度言われても理解できなかったな。

自分から勉強したとき、やっとわかったよ。




だから、私はもうこのドラマには押しつぶされない。
私はもう、あの人を憎んでない。
いまだに絶望的に自閉しているあの人が、愛に触れて変えられますようにと、



祈ることだってできる。
難しいけど、できるんだよ。



愛し愛されて生きているからね!








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by mouthes | 2013-12-12 18:59 | footmarks
友人の奥方に手相を見てもらって、そう言われて、すごくびっくりした。
「ですって!」って友人に言ったら、
「それは手相を見なくてもわかるよ」って言われた!

なにー!

こんなに大事だと思ってるどころか頭の中恋愛のことでいっぱいですよ?
って言ったところ、

「他の人はもっとだから!あなたが「こんなにいっぱいだ」って思っているのよりも、もっとだから!」

って!



私が他のいろんなことを5%区切りで考えていて、恋愛に20%割いてるから「すごいいっぱいだなー」って思ってても、
他の人はもう80%くらい恋愛に割いてるから恋愛できるんだって!

なにー!



知らなかった!
私もあなたと同じくらい恋愛のことたくさん考えてると思ってた!
これでも自分にヤレヤレって思ってたのに!

私がもっと恋愛のことばっかり考えてたらつけまつげも付けるしリップも輪郭はっきりさせてぷるぷるだし爪もぴかぴかのきゃりーぱみゅぱみゅだって!
そこまで言われてないけど!


はぁ~そうですかぁ~


「恋愛して、結婚して、出産・・・ないわね」

えっ・・・・・全部!?」

「ううん、全部じゃない、全部じゃないけど~・・・
 そういう”女の幸せ”みたいなことが、したい?」

「いや、やってみたいとは思ってます。すごく」

「やろうと思えばもちろんできるけど~、それは、そんなに重要じゃない!」

「はあ・・・」

「もっと、社会貢献で、大業を成し遂げる・・・、それが商売になるくらいの」

「へー!」

「でも本人が意識してないから、まだその相がうっすら出てるくらい。その方が大事!」



わからんもんですねえ・・・



「あなたがパッと好きになる人は、あなたの相手じゃないのよね・・・。
 この人?って思うような、なんとも思ってない人があなたのパートナー。」

「ほう」

「私もね、別に好きじゃないの。あの人。顔も好きじゃないし、背も低いし、話し方だって、好きじゃない。
 

 でも、ときどき好き!それくらいがいいわよー」




もうめっちゃかわいいんですけど、なんすか奥さま!


「誰でもいいから遊んでやろうと思ったのね。今日からあたしは遊びまくるわ!って。
 で、誰でもいい中から、最適な人を選んだら、結婚しちゃったの。なんだよ遊べないじゃん!みたいな」




もうめっちゃかわいいんですけど!!!





「だからね、昔は「誰でもいい」の幅が、こーんなに狭かったわけ。それをこーんなに広げて、
 その中から最適を選ぶの。その集中力!集中力が大事。私の人生にとっても、一番大事かも。集中力!」



「肩に力入りすぎ。もっとこう、力入れないでいて、そう。そうやって胸を開いていると、すがすがしい気持ちにもなるしね!」



この二つの言葉が、目からうろこで。
最適を選ぶ。
最高とも、理想とも違う、現実と内省と快さを求めるってことだよなあ。

なるほど!


来年の一曲、「夢先案内人」にしようかと思ってたんだけど、ちょっと変えようかなあ。





夢じゃなくて、現実を見ていこう。
私にとってもう恋愛は夢じゃないからなあ。



スピッツ「大宮サンセット」、いいよなあ。
岡村靖幸「だいすき」は、毎日聴くから今年の一曲じゃなくても。
ピンク・レディー「UFO」なんて、突拍子もなくて良い!
オザケン先生の「強い気持ち・強い愛」は鉄板!


一年じゃ無理だけどさ、心に触れるようなさ、恋愛がしたいんだよ。
私が愚かだからできないことがたくさんあるんだけど、ちゃんとしたいんだよ。



うーーーーーーーん。
来年の一曲は何にしよう。

ハンバートハンバートかー?
ランタンパレードかー?
別にJudee SillやJoni mitchellが入らないわけじゃないよ!
Marvin gaye & Tammi Terrell「If I could build my whole world around you」も素敵ね~
ブルーハーツ「歩く花」でもいいよね。「ナビゲーター」とかね。


内省と、外界と、現実と、夢想と、あれ?

「汚染水」じゃね?








このPV超かっこいいよね。
強さが、曽我部さんの強さが、才気と色気が、爆発してる!



今年は、「夏が来た!」みたいに、「不思議なこと」がたくさんあったなあ・・・
私はこの曲から、もっとうっとりするような、そういう情愛を思い描いてて、そういうのはなかったんだけど・・・

私バカなのかな!
課題が手つかずで3時間経過!
あっぶえねー!!!
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by mouthes | 2013-12-09 00:05 | footmarks