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皆殺し文学はやめだ

by mouthes

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昔と違うメモ

だいぶ忘れっぽくなったと思う。
「ああ、このことを書こう」と思ってパソコンの前に座った矢先に忘れてる。
記録するほどのことではないと言ってしまえばそれまでだ。
記録するべきことなんて私の手元にはない。

でも、もう一年近くたつのに覚えていることもある。
一年前のことで覚えていることってあるかな。
あんなこと、って思っていても、忘れられないこと。
もう遡るのも遠いけど。

なるべく怒る回数を減らして笑う回数を増やそうと思って過ごしている。

洗濯物を干している時、食器を洗っている時、拭き掃除をしている時、
ふと美しい気分になるときがある。
何かを美しいな、と思っている感じではなくて、美しいものの一部になった感じ。
スポーツとかしてる感覚に近いかもしれない。
いつも起こることではないけれど、ごくたまに。

ごくたまに起こることが、不自然なことで、嘘だとは思わない。
常に行っていることを人間の本質のように言う人がいるけど、
もしかしたら常に起こっていることは過剰な防衛反応かもしれない。
つまり、本質を隠すための、嘘というか、ハッタリというか。
だからこそ真面目な人がちょっと手を抜くとそちらが本質のように思われたり、
不良の優しさにほだされたりする。

ただ、どちらか、ということが言いたいわけじゃない。
普段していることも、たまに出るボロも、本質を見るならどちらも必要だ。
その二つを行き来するエネルギーに本質がある。
本質、ていうか、実体。

まあその程度のギャップは娯楽として楽しむくらいにしておいて、
本質を問うような場所に引っ張り出すのは間違ってる。

私の友だちにも情に厚いけど戦争には肯定的ってやつもいるし。
こだわりは強いけど自分に甘いっていう人もいる。
どちらもあるのが、その人の実体。

ラーメンズ「STUDY」のいろいろマンが好きな色の話をしようとするくだりで疑問に思ったこと。
好きな色は?って定型文のような質問があるけど、そんなに強烈に好きな色ってあるかなあ。
水色と緑はあると落ち着くけど、そんな色の服ばかり着ないし。
たいていのことは、好きよりも、嫌いの方がはっきりしている。
強さの問題で。
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by mouthes | 2013-07-28 14:17 | footmarks

時計じかけのオレンジ

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マルコム・マグダウェル!

かっこいいー!

いやもう名作が過ぎてかっこいいなんて言うと寒いけどね!

でもかっこいい!

「Singing in the rain」を歌うシーンは即興だってね。
本当に魔法みたいだよなあ。
仕組まれてるとしか思えない。

ちょっと調べたら、原題の「A Clockwork Orange」の、
”A”はアレックス、”Clockwork”は無機的なもの、”Orange”は有機的なものなんだって。
向きで無慈悲な計算と、底からにじみ出るような有機的な色気が絡み合う。
なんでこんなことできるんだろう。


”悪いこと”が”悪ふざけ”で、
”暴力”は”超暴力”で、
深い意味はないのにすべてが伏線!

こんなことができる人間がいるんだよねえ。
見たことないけど、作品があるってことはいるんだよねえ。

ラーメンズや山田太一作品とはまた全然違う味わい。
積み重ねるっていう作業は同じなのに、どうしてみんな違うんだろう。
何かを積み重ねるってことはこんなにもセクシーなことなのかね。


ふぞろいの林檎たち見てて思うのは、
みんな、「関係が壊れない」前提のもとに、ぶつかったり、くっついたりしてるってこと。
人間の弱さは変わらないのに、私たちの世代には、関係が壊れない前提なんてないんじゃないかな。
みんな、壊さないように、それこそ薄氷を踏むように、なるだけ体重をかけないようにしてる。
それはさ、やっぱりつまんないことだよね。
わかったような気にもなるし。
ぐっと重たい、そういう面白さだってあるよ。
でも、薄氷も踏めるようになりたいな。
うん、つまんねえけど。
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by mouthes | 2013-07-28 01:34 | Movies&Books

みんなのPTSD

2011年3月11日から、頭の片隅でずっと意識していること。
意識せざるを得ないこと。

原子力発電所のこと。

斜に構えることも許されない。
無視したってなくならない。

東京の女の子たちだってさ、どっかみんな不安だと思うよ。
自分が子どもを産めるのかどうか。
自分の子どもを、丈夫で、この先80年に耐えられる体に産んであげられるのかどうか。
それ以前にさ、自分が生きられるのかどうか、自分は生きていたいのかどうか、
それすら分かんなくなってるよ、バカみたいに苦しんでると思うよ。

原子力発電所を支持するやつはバカだし、
福島県の人は全員避難したほうがいいと思ってたよ。
その土地でどうにかするなんでもう無理だって思うから、
ボランティアも行かねえし、反原発運動だって傍観してた。
放射能は怖いよ。
何だかわからないものが怖いなんて当たり前のことでしょう。
誰も生きたことのない時代を今生きてるんだもん。
世界で初めて原子力発電所がこの規模で爆発して、
プルトニウムもストロンチウムも垂れ流してる国で生きてるの、私は。
ビビってたら技術の革新が起こらない?
明日死ぬかもしれないような技術なんていらねえよ。
今の生活を、自分から捨てることができる人は、いると思う。
でもできないと思う大勢の人が、今回も自民党を勝たせたんでしょう。
いや、福島の人はもうそんな理屈で動いてないよね。





「なぜ原発やめない」「今回は迷った」…福島の有権者

朝日新聞デジタル 7月22日(月)10時48分配信

 福島県内陸の会津若松市にある大熊町役場。投票所には、各地の避難先から続々と町民が訪れた。

 渡部重達さん(72)は、約100キロ離れた福島市から知人の車できた。「いつも以上に、今回は相当迷った」。決断は投票直前。「数が多くて強い政党のほうが復興を進めてくれるだろう」と、現政権に期待を込めた。

 原発事故の被害に苦しむ福島で、自民を選んだ人たちの心境は複雑だ。

 双葉町から福島市に避難している天野喜和子さん(57)は悩みながら選挙区で自民に入れた。原発をやめると言わない自民は「全く理解できない」。だが、民主への信頼も薄れた。

 自民が政権復帰して以降、復興政策には目に見える成果がない。「衆参のねじれで思い切った政策ができないなら、解消すれば進むのかな、という期待の一票」という。比例区は原発政策に慎重な公明を選び、自分を納得させたという。

 いわき市に避難中の楢葉町の菊田洋子さん(66)も同じ思いで、選挙区は自民、比例区で公明に投じた。「賠償を充実させ、復興を加速させてほしい」

 福島第一原発から約12キロの自宅は新築1カ月半で津波に流された。同居していた長男(41)は、工場の閉鎖で妻子を残し茨城県に単身赴任。将来の不安ばかりが募る。経済政策を強調する首相の視界からは被災地が消えている気がする。「でも、政権を持つ自民に頼るしかない。もう無駄に時間を過ごしたくない」




期待、なんて、言ってるけど、こんなもんは絶望とおんなじだよ。
誰に投票したって変わらない。
原発や復興すら、主権争い、政治の道具になってる。
目の前でばたばた人が倒れてる。
報道もボランティアもどんどん減っていく。
そういうもんに絶望して自民党に票を投じてる人もいるんだよ。
そういう人のことどう思ってんの、この国の代表はさ。

心理療法の先生が、
どこに住んでても、なにをしてても、この国の人たちはみんな今PTSDだっていう話をしてた。
あの時にみんなショックを受けて、どうしたらいいかわからない中で、
自分を保つために無関心を装ったり、自分を責めたりしてるって。

私も、今でも現実味のある話をするのが怖いよ。
復興を報道するドキュメンタリーも見たくないよ。
原発作業員の人の話も、怖くて聞きたくない。
自分のことだと思いたくない。
中に入ってきてほしくない。
自分の悲しみや苦しみで精いっぱいなのに、人のそんなもの、引き受けられるわけがない。

私は、用意するのに2年かかったよ。
自分の生活と、社会と、福島の現状を理解するためにこれだけの時間、かかった。
瞬発力がなくて申し訳ないよ。
ぼんやり生きてきたよ。

だから、今は言える。
原発には反対。
「おいしい思いがしたい」って利益を叫ぶのにも反対。
「弱い奴が競争に負けて搾取されるのは仕方ない」って暴力が正当化されるのも反対。
楽しくないからだよ。
おなかすかせてる人の横でたらふく食べるのも、
自分が苦しいからって同じ環境で過労死した人に鞭打つのも、
居心地悪いから、したくないでしょ、そんなこと誰も。
反原発も、TPP反対も、低所得者支援も、おんなじ理屈でしょう。
これが理想論だっていうなら現実っていったい何?
人間の嫌な部分ばっかり見て「所詮こんなもんだ」ってしたり顔で部屋に引きこもってるのが現実なの?
「みんな自分がかわいいから」っていじけた果てに開き直るのが現実なの?
不安を正当化しちゃだめだよ。
不安は自分のすべてじゃないよ。
私たちの現実は、「生きていくしかない」ってことだけだよ。
生きていくために、気持ちのいい環境を作るのが、私たちの現実なんじゃないかな。
そのための理想は、掲げるのが大人ってもんでしょう。

斜に構えるのも、わかりやすいその他大勢に流れるのも、
はみ出たやつを批判するのも、理想論を笑うのも、
全部子どものすることだよ。
大人は理想のために戦ってる。どこの世界のどの大人も。



同じ水槽の中で、エサはおろか上の魚が落とした糞すら食べないと生きていけないもんがいて、
今度は死んで上がってきたそいつらの死体食って永らえようっていうのが本当にみんながしたいことなのかな。
私にはそんな友達一人もいないよ。
みんなやさしくてまともだよ。
でも彼らだって自民党に入れてる。
「政党政治は自民に任せるしかない」って言ってる。
60年日本を守ってきた、民主にしたって変わらなかった、対立は政策の遅延を生むだけ。
そうとしか言いようがない現状もある。
でもあんたたちの知ってた自民党じゃないっていうのも現状だよ。
9条変えて戦争しようとしてる、
TPPに参加して農業をだめにしようとしてる、
企業をもうけさせて友達を過労で殺そうとしてる、
それが今の自民党じゃん。
私はあなたに死んでほしくないと思うから、自分の家族に生きていてほしいと思うから、
「なんでそんなことするのか」って言ってるんじゃん。


でも、権力と戦うために権利を叫ぶと、
権力の論理に落ちていく。
これは必定。
だから長いことジェンダーが苦手だった。
女性の権利、って、バーゲンで服とりあうおばちゃんみたいなのしか浮かばねえもん。
あんなもんの中にひとくくりにされるのはごめんだし、
権利を叫んで冷たくされるのは惨めなことだって思ってた。
人を押しのけて得られる権利なんか、しんどいだけだよ、いらねえよって思ってた。


友達の間に、権力なんてない。
他人と関わるときの基本だよ。
それがジェンダーでも、政治でも、基本なんだよ。
頭で物事考えてるやつが、したり顔で人間を分かったような気になっている人が、
傷つかないように動いて得してるように見える、かっこよく見える、
人間をあきらめてるやつらが、
権力と論理で感情をだめにするんだよ。

感情は、誰だって持ってる。
感情なら、分かち合うことができる。
感情のためなら、戦うことができる。

それが権利の基本。

いま、感情が噴き上げてる。
痛みが声をあげてる。

山本太郎が当選した。

がんばれって思う。
私は誰でもない、日本に住んでる23歳の女。
私のことばには正当性も説得力もないし、なくていい。
正しいから声をあげてるわけでも、誰かを説得したいわけでもない。

それでも声を上げることはできるんだよ。
私は生きて、これからも生きていくから。
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by mouthes | 2013-07-22 15:47 | footmarks

SHAMEは弱さなの

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この映画は、私ではない人の弱さの物語。


ブランドンとシシーの関係は簡単じゃない。
なんでああなるのかなあ。
もっと違う方法で、大切にすることができるはずなのに。

人を愛そうとすると気が狂ってしまいそうになるなんて、
そんな悲しい病気はないでしょ。
死ぬことも生きることも怖いなんて、どうしてそんなに悲しいんだろう。

感情移入なんてしないし、同情もしない。
「このままでいいと思っているわけじゃない」「嫌悪してる、くだらないと思ってる」
だけどそこから一歩も出てこれないなら、それは自分から地獄を選んでるってことでしょう。
なんでそうなの。




見ながら、私は映画の何が好きで、こんなに映画を見ているのか考えた。
昔は、知らない物語にドキドキしていた。
映画は好奇心のすべてをぶつけいていいものだった。


映画を観なくなりはじめたのは、自分の生活が少しずつ色づき始めてからだ。
忙しくなって、
それ以上に楽しくなって、
映画を見るよりもドキドキする物語を過ごしていた。
当たり前だ。
3Dだってこの臨場感に敵うわけない。

映画でない世界にあった喜びや悲しみ。
苦しさやみじめさ。
それを上回る快楽。
そして答えられないような疑問。
救いようのない食い違い。

靴擦れの、マメの潰れた後の皮膚が固くなるように、
心にはかたい部分が増えたように思う。
そうでなければこの靴は二度と履けなくなる、それが怖くて、痛みを耐えた。



私は生きているだけだよ。
強いわけじゃない。
でもそれが誰かを打ちのめすなら、それもまた悲しいことだなあ。



映画には、
少なくともこの映画には、目の前に人がいるような苦しみがある。
いつか見たことのある感情が、ごろっと横たわってる。
気持ちのいい映画ではないけれど、強い感情が私に問いかけてくる。

目の前に現れた弱さに、私はまだ問いただすことしかできない。

なんでそうなの、どうして。
このままではまた同じことを繰り返しちゃうなあって、悲しくなった。
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by mouthes | 2013-07-19 18:12 | Movies&Books

鉄人の靴ずれ

今日、母に「靴ずれをしてしまったので職場に靴を持ってきてほしい。つま先の隠れているものと、ふだん履きのサンダルと2足」とメールをもらい、
玄関に出すまではしたのだが、
持っていくのを忘れてしまった。
まったく別のことばかり考えていた。

距離的にも時間的にも引き返せないときになって気付いた。
さすがに申し訳なく、職場の最寄り駅に着くまで謝る練習をした。


「ごめん、本当にごめん。買いに行こう。見立てるから」


何を隠そう、母は形が悪くてすぐ靴ずれする靴ばかり買うのだ。
なんでそんなことになるのか全くわからない。
一目見ればわかるだろうに。


母と落ち合い、ひとしきり呆れられた後、靴を買いに通りへ出た。
要領の悪そうな、客にあまり関心のない店員さんに何度か見本のストックを出してもらい、靴を試す。
ほかに何足も持っているような、でもきっと足になじむであろう柔らかい革靴を買った。
黒だ。
このくそ暑いときに。
でも母は公演もあるので、まあ仕方ない。


ためし履きをしている時に見た母の足は、60年使いこまれた足だった。
甲は高く、外反母趾で、爪は乾いていて堅かった。
靴ずれの皮がむけた左足のガーゼとテーピングは痛々しく、本当に申し訳なかった。
でもそれも含めて、少しの痛みなど構わず歩き続けてきた気概と年季を改めて知った。
ずっと忙しかった母の人生は、ある意味で美容とは無縁だった。

世の中にはこういうお母さんがたくさんいるだろう。
でも増えているのはこまめに手入れをしたピカピカの足を持っているお母さんだろう。
私たちの世代は、気をつけてさえいれば、技術も知識もあるから、
ピカピカの足を手に入れることはそう難しくない。

でもピカピカの足を手に入れてしまったら、使い込まれた足を手に入れることはできない。
ぼろぼろで、それでも構わず走ってきたあの足を、手に入れることはできない。
私が憧れるのは、私が愛しているのは、
ぼろぼろになりながら私を、家族を育ててくれた母の足だ。

鉄のように強いを思っている母の靴ずれを見て、
母を愛しているなあと思った。

そんなことを思いながら母と別れて学校へ行った。
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by mouthes | 2013-07-13 03:11 | footmarks




星野源の「化物」がだいすきだ。
すごく強い歌だと思う。
私の周りでは、星野源のファースがいちばん好きって言う人が多いけど、
私はサードが好き。

戦って、戦って、それを見せずに表舞台に立つこと。
負けて、負けて、それでも勝ちにいくこと。
そのことの喜びと快感がサードにはある。
根っこにあるみじめさと、湧き上がる喜び。

悲しみや、傷や、苦しさが、自分の体の一部になって、中から煌めくこと。
奈落の底から、次の僕が這い上がるぜ。


ファーストに通底する鈍い頭痛のような、起きぬけのけだるさのような、
答えの出ていない感じがいいのもわかる。
あのもやもやが答えだって思うのかもしれない。
否定しない態度も強さだ。
思えば、このアルバムが出る前から、星野源は強い人だった。

でも、サードにはそこをくぐり抜けて飛び出す、すごく積極的な強い意志があって、
それは欲しいものを取りに行く道行き。
どちらかを選ばなくてはいけないときがある。
避けようのない別れがある。
自分には理解できない悲しみがある。
抑えきれない欲望がある。

そのときに、どんなに痛くても「こっちだ」って言う、言えることが本当の強さだと思う。
ぐっとくる。
憧れる。





そうかー、

全部を分かってもらう必要なんてないんだな。

あたりまえだけど。

見せる場所や、見せる部分は、選んだって別に嘘じゃないんだな。
それが気遣いややさしさだとかっていうのじゃなくて、
伝えたいことをより伝えるための手段だもんな。
全部出したら、要素がばらばらで違いすぎて混乱するだけだもんな。
全部出せるっていうのはそれだけで甘えだし。
慎み深いっていうのは、見てくれだけの話じゃないですよね、神さま。

どの場面にも、持っていける自分がある。
言語化できないのが不安だけど。
今度は人から与えられた言葉じゃなくて、
自分で考えた自分で人と向き合おう。
自分で感じたものを人と分かち合おう。

そう思いながら、
望んだものが手に入らないことが、ずっと苦しい。
苦しくてみじめだ。
楽しいことをさがしあるいて、祈って、喜んでいるのに、
時折すごくみじめだ。
どうしてだろう。
こんなにいろんなものがあって、私は愛されていて、
足りないものなんてないはずなのに。
いつまで続くのかなあ。
こんな風に思うこと、久しぶりだなあ。
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by mouthes | 2013-07-10 22:20 | footmarks

面白くもないこと

寝すぎて朝早く目が覚めた。
母もそのようだ。
私の母は起きていれば働いているので、今朝はすごい勢いで家事が進んだ。
9時過ぎに家事も佳境に入ったところで、布団も干してしまうかとベランダへ出ようとしたところ、
母が「そんなことまでできるなんて、やっぱり早起きは3文の得ねえ」といった。
わたしはうーんなんて気のない返事をして、
「父ならきっとこういうとき、「遅起きは4文の得かもしれないぞ」って言うよね」と答えた。
「言うかもねえ、面白くもないことをさ」と母は笑った。
父はマーク・ライデルの黄昏に出てくるノーマンにそっくりなのだ。
あの映画、本当にいい映画だよなあ。
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by mouthes | 2013-07-07 13:34

目の細い美女

目の細い美女について小説を書こうかと思うくらい、
目の細い美女について考えてる。

いまのところ、目の細い美女として有力なのは木村多江さんと天海祐希さんだ。
次点として蒼井優さんと吉高由里子さんがあるが、彼女たちは顔自体が小さい。

欧米の美女は概して眼が大きく、眉もはっきりとしている。
浮世絵の美女に目の大きい人はいない。重要なのは鼻立ちと輪郭だ。

でもどんぐり眼、という形容詞があるように、
クリっとした大きな目が良いとされている背景もある。
しかし、それは色気とは全く違う方向性だ。
色っぽいとは、細面で、幽玄を身にまとったような女性のことを言ったのだろうと思う。

そっちがいいってことにならんかなあ。
いや、そっちもいいってことになってほしい。もう一回。

後学のために、目の細い美女を探している。
このところずっと。
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by mouthes | 2013-07-03 01:54 | study