皆殺し文学はやめだ

by mouthes

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いやだわ

教会には、私が最も嫌うものがふたつある。
「報われたいと思う気持ち」と、「人を裁く心」だ。

報われたいと思うから、報われなかった時に人を呪う。
「私を傷つけた」、と。「こんなに頑張っているのに」、と。
そんなことを思うから、歪んだ正義が生まれるんだ。

そんなことばかり考えるから、人を裁くんだ。
当然できるべきことができない人間を指差して、責める。
人の不誠実を糾弾する。



「私は罪びとを救うために来た」、とかって、皮肉が過ぎるよ神様。



善意が敷き詰められて足の踏み場もないようなところを天国だっていうのなら、
地獄で暴れまわって空しい気持ちになる方がいいとすら思うよ。

神様、とおいなあ、あなたのいる場所は。
あなたに尽くすことに、夢中になんてなれないよ。



神様を十字架にかけたのは、
自分を正しいと信じて疑わなかった人間だ。
神様が戦い続けたのは、取税人でも、娼婦でも、みんなに疎まれた病気の人でもなく、
立派ななりで人を裁いてたパリサイ人で、自分を守ることしか考えられなかったピラトだ。
教会はいまや、そんな人たちでいっぱいだ。
誰からも嫌われる人間には、足の踏み場もない。
天国が用意されているのは、いったい誰のためなんだ?
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by mouthes | 2012-04-27 12:44 | footmarks

-

つーかーれーたー


今はダメだ

どんなこと言われても、ぺしゃんこになっちゃいそう

少しでも見当違いなこと言われたらダメになる

やさしさと賢さで、ハッとさせてくれ
そんなことができるのは、世界中でただ一人



お一方だけだなあ
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by mouthes | 2012-04-27 02:38 | moments!

お料理一年生

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今日から父が隠居を始めたので、母と二人暮らしです。
私がお料理当番となりました。

そわそわしながら作りましたが、
あまり悪くはなかったようで一安心!



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今まで毎日料理を作るなんて経験をしたことがなかったので、
自分のモチベーションを上げるために料理の写真を掲載します。

私はそもそも食にあまり興味がないので、
ある程度まずいものでも「まずいなあ」と思いながら食べられます。
人の作った料理の写真を見て、「だからなんだ」と思うほど、興味がなかったのですが、
いざ自分にお鉢が回ってくるとその気持ちがわかりました。
作ったら、残したいし、褒めてもらいたいもんだよね。
誇らしいもんだわ、時間かけて作ったら。
そういう気持ちも加味したうえで、カテゴリ名は「DAKARANANDA」です。
毎日かー。
毎日は大変だなー

あっ、
バイト夜勤の日とかは、つくらないのか。



お弁当とか、つくっていくのか?


これからちょっとずつ、考えよう。
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by mouthes | 2012-04-18 23:31 | Cook

夕日とソカバン

曽我部恵一BANDのニューアルバム、「曽我部恵一BAND」を聴いてる。

ツイッターをみてると、聴けば聴くほど苦しくなる、みたいな感想が多くて、
それは当然と思う反面全然違う実感がある。

確かに、元気なお兄さんだったソカバンからは想像できない絶望的なテーマが多いアルバムだ。
ソカバン自体もそれには自覚的で、
曲にも表情にも落胆と絶望がはっきりと見て取れる。
このアルバムはさながらヤゴのように飛び立つまでにいくつもの死線をくぐってきたにちがいない。
今にも転げ落ちそうな崖の上で転げ回っているような危うさと痛快さがこのアルバムにはある。

そう、確かに、そうなんだけど。

これは中学生の時、美術の先生と話した夕日の話に似ていて、
先生は、「夕日が沈んで行くのをみると、悲し気持ちになる」と言っていた。
私は、「夕日を見ると許されたような気持ちになって、安心する」と返した。
先生は、興味深そうに「ふうん、でもそれはなんだか似ているな」と言った。

私は、このアルバムを聴くと、夕日を見た時のように安心する。
残酷で、切実で、美しくて、ほっとする。
また傑作だ。
まいっちゃうね、どーも。
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by mouthes | 2012-04-11 13:51 | moments!

ニーチェの馬

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本当に、この映画でレポートを書きなさいとかいう課題でなくてよかった。
観たくて観たのにびっくりするばっかりでどうしようかと思った。

こういう、好き嫌いで語れない映画ってあるよなあ。
はっぴいえんどとか、フリッパーズ・ギターなんか、
アーティスト自体の完成度の高さと批判されづらい主題で、「嫌い」って言いにくいんだよ、
とすずもさんとおしゃべりしたことがある。
この映画もまさにそんな感じ。
あれだけ質素で動きの少ない残酷描写ってないよな。現実ってやつだ。


ただ、
感情や気持ちの波をそぎ落とした姿を、ありのままだと思うことは私はできない。
当人にしかわからないけど、絶望的に質素な生活の中にも気持ちの波はあるんじゃないのかな。
楢山節考が描いていたような。
そういう気分のロウ・ハイが結局のところ生を彩っていくんじゃないだろうか。
それがありのままってことなんじゃないのか?
だから私はそういう、ロウ・ハイを丁寧に描ききる山田太一やサム・メンデスが好きなんだけど。

生きることはしんどい。
ただ、生きるってだけで、何かの罰のようだ。
この映画のありのままは、そういう姿だった。
でもそのテーマだったらBIUTIFULが抜群に素晴らしい。

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「生きることはしんどい」っていうテーマをこうも愛情深く描ける人がいたなんて!
これが「光」を描く映画だっていうなら、その光は絶望と一緒だよ。
だけど愛情や、喜びが、この世に存在しないわけじゃない。
だから生きていくのは苦しいし、しんどいし、せこくて、かわいそうなんだよ。
このハビエル・バルデムがね、そりゃーペネロペ・クルスと結婚できるわ!!
なんという慈愛と色気よ!!



でもニーチェの馬で好きなシーンがあった。
以下、詳細なネタバレ。

というのも…
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by mouthes | 2012-04-10 03:05 | Movies&Books

東京公園

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自分自身、好きそうな映画でもなければ好きな人もあまり出ていないし監督のこともよく知らないんだけど、
映画評を見ているブログで勧められていたから母とTSUTAYA行ったときに便乗して借りた。


案の定、途中で寝ちゃって、エンドロール寸前で起きて、巻き戻す。


セリフ回し、言葉づかいが独特で、
点在してる要素が最後まで見ないと一つにつながらない、根気のいる映画だった。
一度見ただけではただ通りすぎちゃったシーンを、
いくつか巻き戻して観る。
なんかうすぼんやりと、
「確信」とか、「心が触れる瞬間」ていうのは、思い込みかもしれないけどないわけじゃないんだよ、
みたいな映画かなーとほんとにうすぼんやりと思ったんだけど、
映画を観るきっかけになったこちらの記事を読んで、

そうかあ、喪失かあ、と感傷的な気分になってしまった。


過去は過去にしないと今を埋めることができないんだって。

あたしは自ら過去に埋没して去年一年を棒に振ってしまったよ。
終わった話を、放っておいたらほこりをかぶって土にかえるような話を、
何度でも掘り返した。
傷が治らないように。
ふとした時に疼かないように、いつも痛みを覚えていられるように。


そうか。
初島が写真をとる必要があるのは、
自分の知らない時間を過ごしている奥さんを、それを勘ぐってしまう自分を、
過去にするためか。
自分の目でみて、自分で撮らないとだめなんだ。


今のあたしは、あの日のゾンビか。
いや、あたしはずっとゾンビなのかも。
あらゆる過去を過去にできない、恥ずかしさの塊なのかも。


急には変われない。


写真に撮れば過去になる。
写真に撮る、っていうのは、暴いたり晒したりする行為ではない。
失われてしまったってことを、知ることだ。



恥ずかしさでいっぱいになるのは、もうそろそろやめとこうか。
大人だしね。
もっと貪欲になっていこうか。
まだまだ空っぽだしね。

この映画を理解できなかったのは、「過去」についての考え方が私と違うからだ。
私にとって「過去」は、いつまでも自分にとりついて絶えず私を恥ずかしい気持ちにさせるものだ。
何をどれだけ頑張っても取り返しのつかないのに、いつも疼く傷だ。
だけど、この映画にとっては、過去はすでに失われてしまったもので、
今の自分はそれを持っていないのだ。
過ぎたことをちゃんと過去にしないと、そうでないと前に進めないんだよ、
と言っている映画でもあるのかもしれない。
そして現実には、前に進んでいる人なんてほとんどいないんじゃなかな、っていうのは私の私見。



そして、「写真」についてでこんな曲を思い出した。
相変わらずすごいね、この方は。





追記<2012/04/18>
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by mouthes | 2012-04-09 16:56 | Movies&Books

信頼について

もうここには何十回も書いた話で、もう最初に言っておく。
人に読ませるものではない。
まあ、このブログが人に読ませるものだったことはほとんどないんだけど。
備忘録とか、自叙伝とか、ほんとね、
言葉が使えて場所があるっていうのは大変なことだね。


自分の中で何度も反芻させている、自分語りの一部。
髪が乾くまでに終わるといいな。



友だちがいなかった、とか、そういうこと以前にまず、人のことを信用していなかったと思う。
愛されてなかった、のではなく、愛されていたとしてもそれを理解できなかった。
小さい想像なんだけど、くっきりとした疑念がいつもあった。
「嫌われてんじゃないかな」って、身の回りの全てに思っていた。
嫌われてないと思うことはとても難しかった。
自分の親や兄弟にすらそう思っていた。
何不自由なく生きていて、ふんだんに愛されていたのに、そんなことばっかり考えていた。

退屈でしょうがなかった。
退屈だと自覚したのが、14歳だった。
愛されていないと思っていたので、窮屈で退屈でそんな自分が許せなくてヒステリーを起こしていた。
このころは、いろんな感情が、いつも激しかった。
夜中に話がしたくて涙が出るような恋を初めてした。
気に入らなかったらいくらだってケンカをした。
母親に叩かれたり、抱きしめられたりした。
冷静だったり、正気だったりしたことはほとんどない。
いろんな感情が激しかったので、退屈も相当激しかった。
14歳が終わるころ、世間で中二病という言葉が普及し始めた。
名前があるのはいいことだ。

15歳の時、私はクリスチャンになった。
色々な、でも自然な成り行きだった。
15歳はなんだか過ごしやすかった気がする。
よく覚えていないし、まったりした印象しかない。
何もかも早く終われと思っていたのかもしれない。
15歳の終わりに行ったロックンロールのライブは刺激的だった。
チバユウスケ率いるROSSOのライブだ。
この世には想像を絶するカッコいい人間がいるんだと思った。
顔や、佇まいや、声や、歌詞という、ビジュアルの全てに憧れた。
なんてこった、と思った。
英語で言うとアンビリーバボー、だ。
大好きだった。
チバユウスケみたいになりたかった。

16歳になって、私は足しげくライブに通った。
なぜそんなにお金を持っていたのやら。
親に聞いてもわからない。
学校は遅刻したし、早退した。
今までが嘘のようににこにこしていた。
世の中にはカッコいい大人がたくさんいた。
自分が知らなかっただけだ。
でも夜遊びが過ぎて、よく兄に怒られてはこの世の終わりみたいに落ち込んでいた。
ランタンパレードを聴き始めたのはこのころだ。
曽我部恵一BANDがまだアルバムを出す前、
横浜のClub Lizardにきたとき、物販で初めてCDを買った。
聴いたこともなかったのに。
それからずっと好きになるとは、思ってなかった。
というか、先のことなんて全然考えていなかった。
明日死ぬかもしれないのに今の楽しみを我慢するなんてそんなバカな話があるかと思っていた。
結構本気だった。
目の前の現実は永遠の楽しさだった。

17歳になる前、
友だちが学校をやめた。
私が人を信頼することを知る前の、唯一の友だちだった。
寂しいとか、悲しいとか、ちゃんと自覚するまえに、すごくイライラしていた。
納得いかなかった。
その当時すでに、彼女は彼女の人生を生きていたので、きちんと選択しての退学だったんだけど、
私をこんなに退屈させていい理由がこの世のどこにあるんだと、本当に腹立たしかった。
その時にできたのが、CCCだ。
CCCには、大人がたくさんいた。
それも、真剣に話せばちゃんと聞いてくれる大人だ。
刺激的で、知識が豊富で、冗談が上手な大人だ。
ライブハウスからCCCに鞍替えしたように、私はCCCにいついてしまった。
あの場所は特別だった。
今もそうだ。

18歳になる前に、いろいろなことを考えた。
考えても考えても、自分が何を考えているのかわからなかった。
苦痛だった。
だから必死だった。
クリスチャンであるってどういうことなの、とか。
私はいったい何に対して怒っているの、とか。
なぜ人を信用できないの、とか。
いつだって考えて、考えて、考えていた。
そしてしゃべった。
片っ端から言葉にした。
嘘も本当もわからなかったから、思いついたらとりあえずしゃべった。
喋ったことを覚えておいたら、いつか自分が何を考えているのかわかると思っていた。
ある程度は成功して、ある程度は失敗した。
何を失敗したかというと、何かを隠したり上手にごまかしたりできなくなったということだ。
そういう類のやさしさを、この先私はきっと持てないだろう。
そして人のも理解できない。
残念だけど、「本当のこと」や、「ありのままの自分」というものには、それに代えがたい魅力があった。
このとき、私の話を聞いて、自分の時間をわけてくれた大人がいる。
3人いる。

その人たちがいたから、私は人を信用できるようになった。
一生懸命伝えようと思えば、聞いてくれる人間がいる。
精一杯自分を差し出せば、それに応えてくれる大人がいる。
心が、幻想や計算でないと、その時に知った。
今になって振り返ると、このときあの人たちが私にしてくれたのは、「分かち合う」という行為だ。
そしてあの時から、私は、いろいろな人と、「分かち合おう」とし始めたのだ。
今になって、言葉にしようと思うとね。
そんないちいち考えてしてないから、あの時は思いついたことをしてただけなんだけど。
その人たちを信用したことを足掛かりにして、
私は家族と話した。
ちゃんと話した。
そしていろいろなことが分かった。
家族に愛されていることが分かった。
友だちと話した。
今まで自分だけ嫌われてるとかビビッてて、バカみたいだった。
みんなおんなじようなこと考えながら、平気な顔してただけだった。
一緒に冗談を言って大笑いしたら、気持ちよかった。
友だちだなー、と、思った。

私はいろいろな人と話してその実感を得たから、
私にとって「分かち合う」はだいたいの場合「話す」と同義だったけど、
それを「絵」でしている人間がいて、とても驚いた。
ミレーだったし、ゴッホだった。
そしてそれを「音楽」でしている人間もいた。
曽我部恵一だったし、ランタンパレードだった。
なんてこった!と思った。
なんでそんなことができるのか、もっと知りたくて、そういう学問を志そうと思った。
そっから2浪するなんてまさか考えていなかった。
まあ、学校さぼってライブとか言ってる生活だったから、当たり前っちゃあ当たり前だけど。
こうして書くと本当に勉強してなかったんだなあ。

そうこうしてたら18歳なんて一瞬で過ぎてった。
内海信彦先生に出会ったのだ。
先生がいたからなおさら時間の経過が早かった。
先生は、私と歴史をつなげてくれた。
歴史が誕生してから自分たちまでつながっていると教えてくれた。
学問には血が通っていて、興奮と絶望の中で人間は何度でも生まれ変わるんだ、ということを実感させてくれたのは、
内海先生だ。
だから19歳もあっちゅーまだった。
20歳なんて覚えてない。
21歳って去年だよね?
あっというまに22歳だ。
年なんて取ってないっていうか、まだ1年も経ってないでしょ?
体が育ってないのはそのせいでしょ?
そうだと言ってよ!



そういうわけで、私にとって信頼とはこういうものだ。
裏切られることは絶対に無い。
もしその人が、私のことを嫌いになったり、
その人に余裕がなかったせいで私のことを傷つけたとしても、
それは私の信頼とは一切関係がない。
だって、その人がどういう面を持っていたにせよ、
その人が私にもたらしてくれたいろんなものは素晴らしいのだ。
素晴らしいことは変えようがない。
裏切られたなんて、思うわけない。
こう思っておけば、「期待」と「信頼」を履き違えないで済む。
勝手に期待して、裏切られたと嘆くような、愚かなまねをしないで済む。
私にとって信頼とは、そういうものだ。



ふう。
書き終わった。
ぎりぎり髪は乾く前だけど、もうすっかり朝だ。
眠らずに教会へ行こう。
眠ってしまったら、起きるのが嫌になる。
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by mouthes | 2012-04-08 06:21 | footmarks

調子がいい日記

わたしはかつて、高校生だったのです。
その前は中学生で、
小学生で、
保育園児で、
赤ん坊で、
細胞でした。




育って育って22歳になりました。
一年に一回歳をとります。
体が成熟しないまでも、年をとります。
成熟する前に老いが来るのは嫌だけど、そうなりそうな予感に苛まれて春。




ミックスナッツハウスというバンドが本当に素晴らしいバンドで、
幸福そのもののような感じがして、
思い出せば楽しくてニッコニコです。
観にいくと、体中の楽しいが爆発します。
間違いないです。

今日はお酒を飲みすぎて頭がふわふわのとろっとろです。
でもこれから風呂入って映画を観るのです。
弱いなー、酒!


そのつながりでいろいろとライブにお邪魔しているんですが、
どのライブも居心地がよく、ほんとミックスナッツはなんか体から出してるんじゃないかなあと思い始めています。

そういえば、久しぶりのソカバンのワンマンにはちょいちょいおじゃまします。




さてさて、これ観よう。
その前に風呂入ろう。
ちゃぽんしよう。



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by mouthes | 2012-04-07 02:25 | footmarks