皆殺し文学はやめだ

by mouthes

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くよくよしても

三遊亭きつつきさんの落語を観に行った。
きつつきさんの落語は表情豊かで、それでいて言葉で笑かしてくれる、
本当におもしろい落語で、
一つのくだりでふたつ笑わそうとするサービス精神が見えて実にかっこいい。
気取っていないところが憎いくらいかっこいい。
うちの父が桂枝雀のファンだったんだけど、
枝雀に通じるようなにぎやかで底抜けに愉快な落語だ。
と、あまり落語を知らないけれどしたり顔で語ってみる。
いや、本当に好きなの。
行ったこともない寄席に足を運びたくなるくらい面白かった。

きつつきさんの高座で今日かかったのは「かんしゃく」と「星野屋」。
聞いたことのない落語だったけど、
大笑いした。
打ち上げにまでご一緒させていただいて、東京演芸の味を堪能した次第でした。



ただ、そんな折、中学の社会科の教科担任の訃報が。
いつだってそうだ。
楽しいことと悲しいことはいっぺんにくるんだ。
そうか。
体や心の強い先生ではなかった。
ただ、熱い気持ちとジャイアンツへの愛を持った、直ぐな大人だった。
押し付けがましいところがないとは言わないけど、そこがまた魅力だった。
良い先生だった。
お通夜には参列できないけれど、お葬式には参列できたらいいな。



Lantern Paradeの「くよくよしても」を聴く。
くよくよしても、始まらないのに、人はくよくよしてしまう。雨が降っても、濡れるしかない。



誰かがいなくなってしまうのは、前もってわかることじゃない。
私は、私の神様に祈る。
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by mouthes | 2012-02-29 01:47 | footmarks

日記の意味

昔は、今よりももっと自分の生活にいっぱいいっぱいだった。
何考えてもおさまりつかなくて、はちきれそうになっていた。
だからブログも必要だったし、暇があれば話し相手を求めていた。
そして私はいつも暇だった。
そしてあの時期に、私のそばにいて、
一年中話を聞いてくれていた大人たちに、私は一生感謝してもしきれない。

わたしが人を信用することを覚えたのは、私のそばにあの大人たちがいたからだ。
私が自分を顧みることができるようになったのは、傷つけたくないと思う人たちに出会ったからだ。
そうでなかったら、私は自分を憐れんでばかりいたに違いないと思う。
私はつまらなくてかわいそうで、誰からも信用されず恋もかなわない惨めな人間だと、
いじけて自分をなぐさめることしか考えていなかったに違いない。


と、今になって思う。
はっとして、あの大人たちに感謝するのは、もはや儀式みたいなものだ。
ポーズってことか?
いやいや、本気ってこと。


あーなんか、ここ最近の熱の無さって、
ここら辺に由来するのか。
私は、自分を守ろうとして、むきだしになっていたんだけど、
結局、傷ついた部分から皮が厚くなってきて、守ろうとすることには成功してきたんだよな。

そうすると、いろんな波が来ても、やり過ごすこともできるようになったりして、
むきだしってなくなってきたな。
腹立つとき以外。


今も野放図で無遠慮だとは思うけど、
前はもっと、言い訳できないくらい無防備だった。



一日、なんもないわけじゃないんだけどねー。
全然書くことないと思うのはなんでだろう。




映画観たりしてるよ。
「ALWAYS 三丁目の夕日’64」は泣くために観に行ったよ。
泣きどころが多すぎて困ったよね。
ほぼ全部泣いたよ。あたまいてえよ。
やっぱ最初のやつがいちばんまとまってたなあ。
小雪のあれは名シーンだなあ。


あとは父と母がケンカしたり、
姪と甥がインフルエンザになったり、
明日観にいく落語が楽しみだったり。

いろいろしてる。

あの子に電話するのが不安だなあって考えたり。


なんだこれ。
これ全然面白さが伝わらん。
いやー、毎日楽しいのになあ。
「いつもたのしそうだね」って言われんのになあ。
だめだね。
いやまったく。
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by mouthes | 2012-02-28 02:39 | footmarks






「八日目の蝉」と「接吻」観た。
個人的な小池栄子祭りだった。

好き嫌いの話をすれば、「八日目の蝉」のほうが好きだった。

ただ、「接吻」は象徴的なカットが強く印象に残る映画だった。


どちらも役者の演技に入り込むことのできる、エネルギーの高い映画だった。
丁寧な演技による場面の積み重ねで、
ぼんやりした主題に焦点があっていく。
シャッターが切られる瞬間にすべてが瓦解する。
ラストシーンでは、はーっと息をついてうーとうなる。

私は、映画には没入してたっぷり感情移入してむにゃむにゃになって理解するのが好きなので、
こういう丁寧な映画はある程度安心です。
雑な映画は嫌だよなあ。
映画のほころびから作者の自意識がどろっと出て、こっちははっと我に返っちゃう。
だからもう、大森立嗣の映画は二度と観ねえよ。
ちっ。



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八日目の蝉は、あまり男の人に喋らせない映画だった。
というか、この映画で男は「無関係な存在」として描かれている。
発端の事件だって、最悪なのはどう考えても永作博美をだまして不倫してた男だし、
劇団ひとりにしたって腹立たしいので、
「どっかでこっぴどく責められろ!」と思いながら観ていたけど、
ストーリー上ではあっというまに蚊帳の外に押しやられてしまった。
ふーん。
そんなに無関係なものかねえ。
ただ、永作博美や森口瑤子、井上真央が、積極的に男の人を排除しているのではなく、
男の人たちは自分のことで手がいっぱいでめんどうごとと関わろうとしないのだ。
そして沈黙する。
一面的な男性の描き方だけど、一面ではあるな。

そう、この映画、なにがすっきりしないって、
そういう「一面」を映画に点在させているせいで、まとまってないように見えること。
「本当の親と子の関係」とか、
「男性に対する不信感」とか、
「恋愛と結婚」とか、
最後までゆっくり積み重ねられていくだけに、
ラストシーンだけでは釈然としないよ!
あれだって全部の答えじゃないじゃん!
あれで答えてんの、「親と子の関係」だけじゃん!
あれだったら男に喋らせないのと同様に実母も喋らせる必要なかったと思うわー。

ん?そうか。
だから母親のしゃべり方はあんな感情がない風なのか。
エンジェル様もキャラが強いだけであんまりしゃべらないのか。
小池栄子のキャラクターもずっと変化しないのか。


やっぱり丁寧な映画ではあるなあ。
でも釈然としないんだよなあ。
テーマは一貫して、「愛されるということを知る旅」であって、
それ以外は記号に過ぎないっていうのは分かるんだけど、
知りたいのは記号の方なんだよー。
男性はなんで語りたがらないの?
小池栄子とふたりして男性への不信感を乗り越えたりしないの?
血のつながっている母親に対しては今後どうやって向き合っていくの?
これらがストーリーを導くための記号なのはわかってるんだよ。でもそっちのが気になるの!


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それに比べたら、「接吻」は演出に記号すらないシンプルな映画だった。
小池栄子は素晴らしい。
どの表情もキレッキレに怖い。
この人は修羅を出すのが本当にうまいなあと思った。
切った張ったのグラビア界を凌いできただけはあるのだ。

殺人鬼・トヨエツというのが、はじめは違和感でしかなかったんだけど。
こういう淡白な殺人鬼がうまい役者だとは、思わなかったし。
でもストーリーが加速するにつれ、トヨエツが語りだすにつれ、
配役に合点がいった。

記号がない分、象徴的なシーンの多い映画だった。

「あなたまで堕ちていく必要はないんだ」と説得する仲村トオルに、
「・・・堕ちる?」と微笑みながら階段をゆっくり下りていく小池栄子。

バースデーケーキに火をともした小池栄子が、
トヨエツに「消していいよ」と言いながら近づいて刺し殺す。

こういうのは記憶に残るね。スピルバーグの映画みたいに。

お話はもうね、徹底したディスコミュニケーションですよ。
誰もお互いの言う事なんかききゃしねー。
自分のやりたいこともわからねー。
相手がいるなんて考えることもしない。
もーダメなんだ、こういう映画ほんと。
苦しいばっかりだよ。
得るもんなんかない。

暴走する行動とは裏腹に、心は閉じられてる。
八日目の蝉が一つ過去と向き合うごとに心を開いていく様子とは対照的。

特別だとか特別じゃないとか、そういう問題にあたしはもう拘泥したくないの。
わがままな自分を野放しにするのにはうんざりなの。
正しいとか悪いとかって人を裁くのも飽きたよ。
だってそんなこと悩んだってたいした意味ないじゃん!
どんなにこだわっても人に理解してもらえないじゃん!
もっとちゃんと人を愛したいんだよ。
もっとちゃんと人を愛そうとしてる人を見ていたいんだよ。
だから「お家をさがそう」が好きだし、「ありふれた奇跡」が好き。
もー他は嫌いだよ。
あたしをいじめるから。




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CSでやってた「愛のむきだし」を途中から(満島ひかりが刺青入れるあたりから)見たけど、
この映画がギャグだっていうのなら、すげー好きになれるのになー
ギャグじゃないんだろうなー
結構マジなんだろうなー
これ、マジで変態性欲とか新興宗教とか精神病とかを撮ってんだろうなー
だったらすげえやだなー
雑なんだもん。
全員切実さも緊張感もない。
変態変態って、パンチラを撮らなきゃ発作が起きて倒れちゃうようなやつは一人も出てこないし、
宗教信じるあまり自分の行動を正当化したり、自分自身を神格化して人を救ってあげようと考えるやつもいない。
世の中には興奮すると野グソがしたくてたまらなくなって、そのためならどんな代償をもいとわない人間(むかしリリー・フランキーさんのコラムで読んだ)や、
松本智津夫のように自分が何者であるのかわからなくなってしまった人間がいるっていうのに、
そういう切実さは一切ない。
全部悪ふざけの範囲内。取り返しのつく世界。

全部短絡的な行動にしたら真理が見えやすくなる?
サルでもわかる哲学でもあるまいし。

やっぱり園子温の映画はあまり好きじゃない。
今からでも、「自分が取っているのはすべてギャグだ」っていうなら好きになる。
そうじゃなかったらこの映画はエネルギーが高くて雑なだけで全然面白くないと思う。
人間を描いてるとか、青春を感じるとか、センスがいいとか、一切思わない。

寝るわ。寝言は寝て言うわ。
おやすみ。
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by mouthes | 2012-02-26 04:59 | Movies&Books

くせのうた





友だちと長い間電話で話した。
他愛もない話をした。

ずっと気になっていたけどわからなかった短編が、太宰治の「故郷」という話だったこと。
別の友達の恋のこと。
わたしが「ファイト・クラブ」が大好きだってこと。

今日の嫌なことも、楽しかったことも、
全部丸く収まる。
大切な友達が、また少し大切になる。

そういうやさしい気持ちが、確かに存在して、
星野源の歌はそういう歌だと思いました。
そいつは壊れやすいわけでも、したたかなわけでもなく、泣くほど強い感情でもなく、
寝る前の、うとうとした感じに近い、ごく素朴な瞬間なのです。

布団に入って目を閉じた後、いろいろ考えたり、想像したりして、
突発的な不安に襲われたりするけど、結果寝ちゃうんだ。
寝るときって大抵そんな感じ。
自分がむきだしになる瞬間と、自分でなくなる瞬間が一緒にある。
そんなことおもうと、この人の歌はすごいなー
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by mouthes | 2012-02-21 04:50 | footmarks

一時間遅れの一日。

「しゃばけ」読んでます。

最初の待ち合わせが遅れて、
次の待ち合わせも遅れて、
結局一時間遅れの一日。

みんな自分の生活があるんだから、
滅多なことがなかったら他人の主義主張なんか聞きたくないよなぁ。
と、フラワーカンパニーズカバーの「失格」を聴きながら思う。
でも、自分を慰めるだけの生活は、楽しくないだろうなあ。

遅刻しながら思うことでもないな。
ほんとすいません。
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by mouthes | 2012-02-10 22:05 | moments!
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靖幸ちゃんの時間がやってきて、終わりました。
あっという間すぎて、時間の感覚が狂いました。
だって前回2時間ちょっとで、「おなかいっぱい!靖幸ちゃんありがとう!」と思っていたところ、
今回は「はーあっという間だった。前回と同じくらいあっという間だったわ」と時計を見ると22時。
開演は19:15分過ぎ。

えぇっ!?

時空のはざまに落ちた気分でした。
おかげで母の誕生日を祝うのが日付変更ギリギリとなってしまいました。

そうなのです。
前回の9/8は私の誕生日で、今回の2/8は私の母の誕生日なのです。
知らねえか。どうでもいいし。



母が還暦を迎えた夜の岡村靖幸は、これがまた素晴らしかった。
前回よりも気持ちに余裕をもって観れたことで、
より一層きゅんきゅんきゃーきゃーわーわーしながら観ることができました。
前回はもう、会場についてステージ見上げたら、万感の思いでね。
私のファンとしての年月を胸にありったけ詰め込んで観にいったもんだから、
もう緊張しっぱなしで酸欠になるかと思ったもん。
そんで登場した岡村ちゃんがカッコよすぎてめまいして倒れるかと思ったもん。

今回も、カルアミルクの歌いだしで、泣いてしまった…
なんかもう、この歌いだしで何度でも「おかえり」って思っちゃうよ。
岡村ちゃんを見ることができることへの感謝で胸がいっぱいになっちゃう。
有難いとは、文字通り。
ただもうこの崇拝癖、やめた方がいいわな。
でもなー、岡村ちゃんばっかりはなー。
岡村ちゃんてもう、あたしの一部だもんな。

藤田和日郎と、日本橋ヨヲコと、岩明均。
岡村靖幸と、Lantern Paradeと、thee michelle gun elephant。
今の私があるのはこの人たちのせいにしてもいいくらい、同化してるし、どうかしてるよ。

もちろんほかにも好きなものはたくさんあるけど、
それを好きになれるのもこの人たちがいるからってくらいこの人たちは基礎。基を成す礎。
たまらないんだよ、そこにいるだけで。


今日の岡村ちゃんは3色のジャケットをアンコールに合わせて着こなすポップス紳士だった。
最初は黒、次に赤、そして銀色がかったグレー。
もちろん胸にはハンカチーフ。
シャツなんて胸板を見せるための飾りに過ぎなかったね。
「いじわる」のときなんかエロすぎてグラビア時の吹石一恵かと思った。

(参考)
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ほんと、いつの間にかメガネをかけたり外したり、
いい加減色気に「お」が付きますぜお兄さん。
だからなんだとかは言いっこなしですぜ。

「カルアミルク」は前回よりも素敵な高音で終始うっとり。
「ラブタンバリン」は刻むビートでどきどき。
やっぱり「SEX」は鉄板。
今回は「ハレンチ」もやりましたよ!!!
相変わらず「Vegetable」はイントロだけじゃ何の曲かわかりませんでしたよ!

「ステップUP ↑」とか「Dog Days」とか、うれしいよねえ。
良い曲だと思ってるもん。

「真夜中のサイクリング」、聴きたかったなあ。
「(E)na」も、「パラシュート☆ガール」も「チャームポイント」も、「青年14歳」も聴きたかった。
「Young Oh!Oh!」も「ペンション」も聴きたかったよ。
カバーで「なごり雪」や「Sweet Memories」も聴きたかった。

こんだけ聴きたい曲があって満足してるってどういうことかね?
不思議で仕方ないよ。
づぁー!!!!!!!
昔のDVDも再発してほしすぎる!!!!
散財の予感がする!!
きゃー!

興奮冷めやらないので、この前スペースシャワーでやってたライブみながら寝ますよ。
おやすみなさい!
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by mouthes | 2012-02-09 02:18 | footmarks

思い出とゴミ

ここにあるのは無数の思い出
光に煌めく 涙の輝き
あらゆる面影が脳裏をよぎり
記憶の彼方を引き寄せる


捨てるべきか 捨てざるべきか
生死の境をさまよう思いで
明日になれば 朝が来れば
あのマーチとともに燃やされる


もう顧みることはきっとないだろう
そう言い聞かせてみても腰は重い
無駄なものは何一つない
なんて言い切れる余裕が部屋にはない

ブッダの言葉を借りるとすれば
これは使用済みのイカダに過ぎず
もし私が消えてしまったら
意味をなさない 価値も生まれない


捨てるべきか 捨てざるべきか
あちらこちらを行き来する思い出
明日になれば 私が死ねば
あのマーチとともに燃やされる
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by mouthes | 2012-02-09 00:44 | words