皆殺し文学はやめだ

by mouthes

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11/17 下北沢コンサート

まったく、言葉にはできない体験だった。
あれがなんだったのか、数日経った今でもわからない。
とにかく、私はすごいものを見たし、聴いたし、自分でも知らない自分の感覚のどこかが満たされた。
こういう言い回しでさえ、すごく定型文的に感じるし、あのライブの1/100も表現できていないと思う。
普通のライブだった。
下北沢の広くないライブハウスで、
3マンで、
曽我部恵一BAND、オムトーン、そしてランタンパレードが順番に演奏をした。
考えてみればそれだけのことだったと思う。
よくあることの一つだと言ってもいい。
でも、あのライブを観たことは、私にとって一回死んで生まれたような経験になったのだ。
恐ろしいほど劇的な体験になったのだ。
この実感が誰かに伝わることはきっとないと思うけれど、どうしてもいいたい。
あれはすごいことだった。



あの日の曽我部恵一BANDを観たとき、私は最初にソカバンを見た夜を思い出した。
汗ばんだ体で心が弾んでどうしようもなかった。
この世にはこんなに楽しいことがあるのか!と思った。
夜風で体を冷やしながら、中華街を突っ切った。
なにもかも大好きだった。

そういえば、私はあの夜初めてランタンパレードのCDを買ったのだ。
「回送列車がゆく」と「甲州街道はもう夏なのさ」を買って、次の日に泣きながら聴いたのだ。
音楽で泣いたのは初めてだった。
そんなことができた自分に驚いた。

そう考えると、何ともトラウマ的だ。
これから、ランタンパレードを客観的に聴けることはないんだろうな。思い入れが強すぎる。
ちょっと残念だ。

11/17に観たソカバンは、私の知っていたソカバンとは全然違う生き物だったのですよ。
もう、全然違った。
みんな新生ソカバンとか、大人のソカバンとか言ってたけど、
私はもう別人なんじゃないか?と思った。
それぐらい違った。
わっかんないけど、こんな言い方が適切なのか全くわからないけど、
息の仕方とか、心の突き刺し方とか、視線の先に見ているものとかが、
全く違うと感じた。



それが、ただカッコいいとか、楽しいとか、癒されるとか、励まされるとか、
そういう上澄みの部分をブッ飛ばして心の芯をブッ刺すような音楽だった。
ブッ刺された場所から、
絶望、幻滅、あきらめ、悲しみ、そういうものが否応なしに引きずり出された。
だけど明るみに出されてみれば、なんのことはなく、今までもそういうものはあったし、これからもある、それだけの話だ、と言ってくれるような音楽だった。
今、絶望しながら興奮しているということを感じろ、みたいな音楽だった。
絶望しながら興奮していることを感じた。
最高だった。
そんなことを言ってくれる音楽に、初めて出会ったと思う。
かっこいい。
すげえかっこいい。
かっこいいとはこういうことができることだ、と思った。

本当にいいライブだった。
良いライブを観たときには、酔うのではなく目が覚める感じがする。
私にはあの時、いろいろなことがわかっていた。
もう思い出せないけど、本当にいろいろなことがわかっていた。




このライブにオムトーンさんがいてくれてよかったと思った。
かわいくてユーモラスで忍ばせる程度のとげがあってどこまでもキュートだった。

「かわいくない姫のダンス」という曲の前の3曲では、
きれいな女子高生が不機嫌な怖い顔をしながら川べりを自転車で走ってるイメージだった。
かわいくて触りたいけどどっか剣呑な感じ。超キュートだった。
でもかわいいだけじゃないのよ、かわいいとか楽しいとかそう単純じゃないのよ、って急に真顔になるようなところもあって、
もう超キュートだった。

このキュートさがなければ耐えられなかったと思う。
箸休め程度ではあの衝撃は癒されなかった。
全く違うアプローチで刺激されてやっと心が和んだ。
そう思った先からのランタンパレードで、超緊張した。



何故か、超緊張していた。
ドキドキして、開場の30分前にライブハウスに着いていた。
期待と興奮でどうかしていた。
ライブ中もずっとそうだった。

既出のアルバムでライブで演奏されたのは3曲。

「ひとりの求愛者 晩秋編」「甲州街道はもう夏なのさ」「キンモクセイの匂いがして」

あとはすべて今度出るアルバムからの演奏だった。
全部やったと思う。

CDで聴いていたものと、バンドのライブとは、あたりまえだけど全く別物だった。
やさしかった。
なんだか、すごくメルヘンだった。
メルヘンというのは、ミヒャエル・エンデの童話みたいなもので、
夢の中に紛れている現実に終始胸打たれる感じ。
あんな歌はない。
あそこ以外にはない。
あんな温度には触れたことがない。
あんな繊細さを目の当たりにしたことがない。
カッコよかった。
驚いた。
それくらいしか言葉にできない。



とにかく、私が見たあのライブこそが、カッコいいということだと思いました。
私にはカッコいいということがわかったのです。
はっきりわかったのです。
すごい夜でした。
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by mouthes | 2011-11-20 03:50 | footmarks
糞つまらねえ台詞。
死んでも言わないように気を付けよう。
たとえ言っているその人が頑張っていたとしても、反吐が出そう。
憐みすら感じる。
だって頑張っていようがいまいが、そんなことは周りには一切関係ないから。

「頑張り」って言葉は、自分のために使う台詞で、
自分のために頑張るのは当たり前だし。
「他人のために」っていうのが、もし私のためだったとしたら、ぞっとして遠慮する。
関わり合いたくない。
そんなものは爆弾の押し売りだ。
溜まった不満を他人のせいにするために、そんなこと言ってんじゃないのか?
頑張ってる人間だけが正しいと思い込むために、そんなこと言ってんじゃないのか?

ただあれを、「見返りを求めてる」って表現するのは、まあ、酷だわな。
そこまで強い感情じゃない。
さほど下衆でもない。
期待していい範囲だったとも思う。
でも期待して報われなかったことに怒り狂うくらいなら、何もしないでいてほしかったよ。
本当に「他人のため」だと思っているのなら、そうしてほしかった。
違うから泣いたんだろうけど。
違うってことくらい自覚したらいいのに。


でも「自分のせいだ」と思っちゃう人はうつ病になっちゃうしね。
難しいよね。
自分は一生ならないと思うな、うつ病。
「誰かのために」頑張って、満足できないのを「自分のせいだ」って思うと、病気になっちゃうんだろうな。
あたしはきっと一生かかっても誰かのために何かをするなんてできないんじゃないかな。
自分が自分のために動いたことが、どこかで誰かのためになるのであれば素晴らしいけど。
その程度の話だ。
何をするにしても。

真面目が損するとか、正直者がバカを見るとか、
そんなことは当たり前なの。
うまく立ち回っている奴は、うまいんだから得して当たり前なの。
損得で考えればひとっつもいいことないよ。当然だよ。

報われるために真面目だったり正直だったりするわけじゃないんだから。
私が、あなたが、そうならざるを得ない性分だってただそれだけの話でしょう。
得したいならはじめっから不真面目なウソつきでいればいいんだよ。
真面目で得したいとか、はっきり言って強欲だよ。
損得にかかずらってるから負けんだよ。
尊敬もされないし。
つまんねえし、煙たがられて、丸損だね。



まあ、ムカついてもしかたないので、ホラー映画でも見ますよ。
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by mouthes | 2011-11-14 00:07 | footmarks

この話がすごい






ハムスター速報  「風俗行ったら人生変わった」



マジで、こんな話があるんだ。
複雑な感情とか、人格の変化を目の当たりにして、総鳥肌。

あんたはロングシュートを決めたよ。

これ読んでる時のプレイリストが我ながらはまりすぎてたので、上げます。
これ用に作ったわけじゃないんだけど、
最近例の人に会ったり暴漢に襲われたりしてかなり不安定で病気に近い状態だったので、
自分の感情をまとめるために作ったやつ。





”大事なことはそんなんじゃない”

1. ココ☆ナツ / ももいろクローバー
2. あの娘僕がロングシュート決めたらどんな顔するだろう(ETIQUETTE Ver.) / 岡村靖幸
3. ハピネス! / 曽我部恵一BAND
4. 奮い立つCDショップにて / MOROHA
5. EVERY SINGLE DAY / ザ・ハローワークス
6. Be Strong Now / James Iha
7. 強い気持ち・強い愛 / 小沢健二
8. Debaser / PIxies
9. 夜明けのBEAT / フジファブリック
10. 千年メダル / ザ・ハイロウズ
11. ジェニー / Thee Michelle Gun Elephant
12. And I love Car / 奥田民生
13. おまつりハウス / ミックスナッツハウス
14. 宝くじは買わない / 忌野清志郎
15. 松葉杖の男 / SOUL FLOWER UNION
16. Two of Us / The Beatles



我ながらはまりすぎ。なにこのシンクロ。
マジでなあ。
すげえ話だったよ。
あんたはあんたの世界の主人公だぜ。
元気でた。
かなり、元気でた。
いるんだよな、こういう人たちが。
ありがとうと言いたいです。
ネットってスゲー
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by mouthes | 2011-11-07 12:20 | footmarks
「あるシーンに対して、私はこう感情移入した」という備忘録。
まあ、忘れてもいいことだけど。
言っとくけどネタバレすっからね!



結局、この夫婦の痴話げんかは、
手加減なしのベアナックルでありつつ、心ない言葉だと思う。

怒りに駆られて本心を言うというよりは、口から出まかせに近いと思う。

冒頭で「女優になれなかったのは僕のせいじゃない!」ってフランクは怒鳴るけど、
そんなことを本気でエイプリルに言いつのりたいわけじゃないと思った。
言いたいのは「機嫌直せ」ってただそれだけでしょ?
でも要らないこと言っちゃうの。ムカついてるから。ただそれだけの理由で。
愛してるからひどいことは言わないって、そんなことはないんだよ。


エイプリルは、激情的な女性だと思うけど、
彼女もまたフランクを愛していたと思う。
フランクをよく理解していたと思う。
彼女は、フランクが≪家庭のために≫多くを犠牲にしていることを知っていたし、
「女優になれなかったのは僕のせいじゃない!」という言葉にすらそれを感じていたと思う。
予期せぬ妊娠で、フランクは自分のことを責めていたろうし、判で押したような生活を軽蔑していたはずだ。
エイプリルにはそれがわかってた。
安定のなかでゆっくり死んでいくのに耐えられなかった。
「自分たちが特別な存在であるという夢」なんかとっくに捨てていたと思う。
彼らが捨てられなかったのは、「生きる」ということだ。
ずっと、それだけが、彼らにとって何よりも切実なことだったのだ。
「生きる」ということが特別なことだとしたら、すでにゆっくり死んでいるのだ。



家庭で「生きる」ことができる人もいるし、できない人もいる。
誰かのためにと思って生活できる人もいるし、できない人もいる。
何かを表現したときに満たされた心を、
感じたことのない刺激に生まれ変わっていく体を、
経験したことのある人は、なかなか忘れられない。
その時に満たされた心と体が、唯一の真実であるように思えてしまう。
どんなに馬鹿げたことでも、安易な夢でも、それが真実に思えてならない。
そういう時ってないかな?
そういう経験て特別なものかな?
家庭を何十年も支える中で、「生きる」実感を得る人もいる。
そうじゃない人だって、いるよ。
正しいとか間違っているとか、良いとか悪いじゃなくて、そういう人は救われないのかな。

エイプリルはわがままだったと思う。
母親として慈愛を欠いていたと思う。
フランクは意気地なしだたと思う。
誠実な男ではなかったと思う。
だけどそれだけじゃないよ。
それだけじゃないから、観てるのがつらかった。



「今」じゃなきゃダメな瞬間が、あたりまえのように、たくさんあると思う。
ダメなんだ。
待っていたら死んでしまうのだ。
当たり前のようにくる明日に殺されてしまうのだ。
私は、エイプリルが感じていたその意識は、強迫観念ではなく事実だと思う。
決心した次の日に死なないって誰が言える?
どんなに用心していたって、死ぬときは死ぬ。
生きることをあきらめたくない。
それが異常かな?



フランクとエイプリルがパリに行くと聞いて、
シェップとミリーがそれを笑った後、ミリーだけが泣いたのは、
きっとシェップの浮気に気づいていたんだと思う。
シェップがエイプリルを魅力的だと思っていることに気づいていたんだろう。
凡庸な妻にシェップは気を遣っていなかったから。



「あなたは、1人目の出産が間違いではなかったと証明するために2人目を産んだのよ」
「子どもたちのことは愛しているわ」
「2人の子供を中絶しかけたことは?」
このあたりのケンカは、壮絶だった。
どっちも歯がなくなるくらい言葉でなぐり合っていた。
フランクは結局、エイプリルのことを愛していたけれど、理解はしていなかった。
エイプリルはフランクを愛していたし理解していたけれど、それよりも大切なことがあった。
それがはっきりしてしまうのは、すごく残酷だった。



エイプリルにとっては、やっぱり、「今」でなければダメだったんだ。

パリに行こうと言って、怖気づいたフランクに、
フランクが「生きる」ということをエイプリルほど切実に願っていなかったことに、
エイプリルは絶望したんだ。

フランクはエイプリルを愛していたのに、
エイプリルにとっては「生きること」の方が大切だったことも悲劇だ。

だから「愛していないわ」といったのだ。
彼女の愛したフランクは、死んだも同然だったんだ。
そして、フランクを愛したエイプリル自身も、そのとき死んでしまったのだ。
だから死んだのだ。


エイプリル風に言うなら、「生きる」ということがエゴだっていうなら、エゴで結構よ。
そんな感じだと思う。



エイプリルの行動も、遺された人たちの恥知らずも、
あまりにも感傷的だとは思うけど、
そうならざるを得なかったんだろうと思う。
それくらい、エイプリルにとって「生きる」ことは重要だったし、真実だったんだと思う。



悲しい。
何度思い出しても、とても悲しい話だ。
レボリューショナリー・ロードのきらきらした若夫婦は、
彼らが描いた夢と同じように、捨てられて忘れられていく。
そして覚えている者にとっては深い傷になる。
そうならざるを得なかった。

あたしは村上春樹は嫌いだけど、サム・メンデスは好き。
やることやってから死ぬから、好き。
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by mouthes | 2011-11-02 06:29 | Movies&Books
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見るのがつらかった。
再生のために努力しているのに、感情がぶつかって壊れてしまう話だった。
何回か止めながら観た。
そうでもしないとこっちがズタズタにされそうなほど激しい映画だった。


サム・メンデス監督の視点は、山田太一さんにそっくりだと思う。
「特別な人間」がいない。
一つの大きな問題を大勢で解決しようっていう意識がない。
いや、違うな。
一つの大きな問題に、大勢で取り組みたいと思っているのに、手を取れないんだ、誰もが。
出てくる人はみんな自分の問題で手がいっぱいで、その問題に明確な答えがない。
良くなりたい、より良くなりたい一心で働きかけているのに、絶望してしまう。
人の生も死も、愛情もセックスも、一人一人の中で行き場をなくす。



サム・メンデスも山田太一も、
どちらも主題は「家族」なのだ。

二人とも、「家族」を深くさぐっていけばいくほど、
それが「一体」ではなく、悲しいくらい「個の集まり」だってことを知っている。
どれだけ一緒にいても、お互いのことがわからない。
一番愛したいのに、自分を慰めるために傷つけてしまう。
誰よりも愛してほしいのに、見せられない部分が増えていく。
だけど、そこに希望を見ている。
「個」だから、なれ合うのではなく向き合うことができるのだと、強く言っていると思う。
それがすごい。
愛だと思う。
人間を愛していると思う。
私が求めている誠実さはそこにしかないと思う。
そういう眼差しを目の当たりにすると、私はいつも泣きそうになってしまう。
「お家をさがそう」も「ありふれた奇跡」も、そういう眼差しで描かれた物語だと思う。



いろんな感想を読んでいたら、あまり感情移入していない感想が多くてかなり驚いた。

「エイプリルがわがまますぎる」とか、「贅沢な夢を見て失敗したらどうするの?」とか、
そんな感想が多かった。
まあこの場合は、「フランクが臆病だったせいだ」とか、「不誠実でないものねだり」とかいう感想でも同じだと思う。


なんか、みんな、ずいぶん慎重に計算ずくで生活してんだね?
行き当たりばったりで全部投げ出してもうどっかいっちゃおうぜーとか思わないんだね?


あの二人には、欠点があるだけで魅力はないの?
あなたには、魅力のためにすべてを捨てたくなってしまうような情熱はないの?
気持ちが高ぶってしまって相手を傷つけてしまったことはないの?
誠実でいたいと願っても怖気づいてしまって後悔したことはないの?
そういう部分を少しでも自覚していたら、この映画に感情移入できないことなんかないと思うんだけどなあ。
確かにエイプリルとフランクは極端なところのある人たちだけどね。
だから結局、この映画を観る人たちの多くが、
エイプリルとフランクの周囲の人々と何も変わらないってことだよね。
二人がフランスへ行くと言えば鼻で笑って、
失敗したことを憐れんでも悲しむことはない。
自分たちの生活が否定されずに済んだと安心してウキウキするんだ。
この映画に対して、「現実」とか「分相応」とか言う言葉でしか向き合えない人たちは、ヘレンやミリーと一緒だよ。
「滑稽だ」と笑って、「あの人たちは変わってた」ってソファーの上で犬をなでるんだ。


ただ、エイプリルは上記の感想に関しては劇中でちゃんと答えてるけどね。


「生きることと真剣に向き合うことがイカレてるっていうなら、それで結構よ」



そう、それで結構よ。

あたしはこの映画大好きですよ。
2回目に観るのは、相当勇気がいるけど。

与太話
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by mouthes | 2011-11-02 05:23 | Movies&Books