皆殺し文学はやめだ

by mouthes

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「依存」について

ずっと、親兄弟に依存していた。
友だちに依存していた。
知らない人にすら、依存していた。

依存できるかどうか、甘えられるかどうかで人の価値を判断していた。
自分にとって価値があるかどうか判断して、人を利用していた。
そういう意地汚さが、「信頼のある人間関係」から私を遠ざけていたと思う。

「信頼」ってどういうことか、さっぱりわからなかった。
「契約」のほうがよっぽど理解しやすかった。
「交際」より「援助交際」のほうが、理解できた。
信頼が独りよがりじゃないなんて、どうして言えるのだろう。
信頼が身勝手な期待じゃないと、誰が判断できるのだろう。
自分の心の中すらわからないのに、他人の心の中なんてわかりっこないじゃないか。
うさんくせえよ信頼なんて。
重荷になるだけで、いいところなんか一つもない。
合唱曲の「Believe」が大嫌いだった。



  もしも誰かが 君のそばで
  泣き出しそうに なった時は
  だまって腕を とりながら
  いっしょに歩いて くれるよね



くれるよね?
いやいやいやいやー!
しらんよ!
誰がかによるよ!
黙れるかも自信ないし!
黙らないやさしさもあるし!
そんなこと期待されるなら一緒にいれないよ!

だから、私が人にしてきたのは信頼ではなく、
依存だと思う。
寂しいとき、悲しいとき、追い詰められたとき、それを避けるために必死ですがっているだけだったと思う。
夜中の電話も、あけすけな下ネタも、心を開くなんていう純粋な行為ではなかった。
寂しいだけの行為だった。
相手の心とか、本質なんて、全然興味がなかったと思う。



最近は、少し違う。
私にはようやくわかってきた。
「信頼」は、独りよがりではないことが。
いや、究極の独りよがりだということが、わかってきたのです。

その人の心は分からない。
その人の本質は分からない。
自分は嫌われているかもしれない。
相手は自分を信頼していないかもしれない。

でも、その人に危機が迫った時、私は心から力になりたいと思えるのだ。
それが、信頼なんだと思う。


相変わらず私は依存している。
相変わらず根性は甘えている。
だけど、心から力になりたいと思える誰かがいる。
それは幸せなことだ。

こんどの問題は、「力になる」ってこと。
力になるって、どういうことだろう。
それは、えげつない話にも当然なると思うね。
自分が眠いときも電話に出るよ。
お金がないときは渡すよ。
暴漢に襲われた時は身を挺して守るよ。
怖いけどね。
たとえそれで搾取されても、しかたないのだ。
それは関係のない話だ。
その人が自分に何もしてくれなくても、
何かしたいと思うのだ。
自分のために。

だからもう、メールの返信におびえないよ。
そっけない態度にひるまない。
下世話な自分を貶めない。
いいんだ。
別に。
大事なことはそんなんじゃない!
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by mouthes | 2011-10-27 15:19 | footmarks

続・お家をさがそう

「お家をさがそう」で一番好きだったシーンは、
バートのお兄さんの奥さんが逃げちゃって、バートが激怒してからのシーン。
二人がトランポリンに寝そべって、
本当は不安があることを打ち明ける。

「僕を置いていかないで」

「ずっとそばにいるって誓うわ」

「私にも誓って。もう二度と「君のヴァギナが開かなくなっても愛してる」って言わないって」

「誓うよ」

って笑いながら眠るんだけど、
目覚めたら横にヴェローナがいないの。
バートがはっとしてあたりを見回すとすぐそばのブランコに座っているんだけど、
その時の不安ね!

ヴェローナが「結婚しない」っていう強い意志を持っていることで、
バートはこの先ずっと不安なんだよね。
目が覚めて彼女が横にいないんじゃないかってことが、実はずっと不安なの。
愛情深くて、彼女に対していつだってやさしいバートがさ。
でも、それすら受け入れて一緒にいるんだよ。
もうたまらないよ。
オチができすぎとかギャグが引くわーとか単調で退屈とか、
まあ理解できないこともないよ。
でもこのシーンは最高でしょ。
人を好きになることの不安。愛すことの難しさ。すべてを覆い尽くす絶え間ない喜び。
あたしが知りたかった話はこれですよ!


だから、「お家をさがそう」が好き。
DVD買おうかしら。
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by mouthes | 2011-10-15 13:40 | Movies&Books
早稲田松竹にて「お家をさがそう」「アメリカン・ビューティー」を観た。
どちらもすごくいい映画で、
観る前と後では心の持ち方が全く変わっていた!




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名作として名高い「アメリカン・ビューティ」は、
中学の時観た「ゴースト・ワールド」で夢中になった、ソーラ・バーチの演技が光る!
本当に魅力的というか、とにかく目を引く。
これがかわいいとかかわいくないとか、そういう基準の外にある魅力なんだよね。
意外とおっぱいが大きいとか、そういうことでもないんだよ。
わからん。
ぜんぜんわからん。
わからんけど、見ちゃうよなあ。
わからんけど見ちゃうってことないな。もっとちゃんと言います。


「アメリカン・ビューティ」にしても「ゴースト・ワールド」にしても、
ソーラ・バーチはあくまでも「少女」なんだと思う。
あ、あと「穴」にしても。
ただ、「少女」に与えられた役割をすべて満たしつつ、どの映画でもそこからぐいっとはみ出す魅力がある。
あくまで願望やイメージのなかの少女の高潔、情緒不安定、それが故の一途さ、嫉妬、卑屈、まだ気づいていない自身の魅力。
そういう少女に対する期待をすべて満たした上で、
ソーラ・バーチの青い瞳は、こちらの思惑をすべてを見透かしているようにギラリと光る。
椎名林檎さんのような女性に共通する眼の光。
こういう瞳に弱いんです。
見透かされたいんです!


ストーリーの印象は、凄惨なホームドラマ。
一見どこにでもいそうな家族であり、不和が目立ち始めた家庭であり、来るべき破綻の直前で踏みとどまっている現状。
外から見ただけではわからない歪みが、崩壊に拍車をかけていく。
でも気分はぐっと高まってく!
はっきりもっと勇敢になって!
そんな感じだった。
デヴィッド・フィンチャーみたいに賑やかでグロテスクで抜けのいい映画。
だから中学生の時に見たらもっと夢中になってたと思う。




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でも私は、「お家をさがそう」の方が好き。
「アメリカン・ビューティ」のような事件や困難のない物語だけど、
主人公たちはとにかく優しくてユーモラス。
そのやさしさとユーモアが、とても特別なもののように感じたのです。
さりげないとも違う、これ見よがしというのでもない、
「人格」というほかないような素朴なやり取りが、すごくよかった。
開始5分で泣いてたね。
たくさんいい場面はあるんだよ。
音楽も素敵だし。
ただ、車に乗ってバートの両親に会いに行くまでの数分が本当に好き。
バートがヴェローナのことを愛してるってことと、ヴェローナがそれを十分に理解してるっていうのが伝わる数分。
もうね、それだけで十分なくらい。
ヴェローナの生い立ちとか、下品な親戚とか、バートが意外とモテるくだりとかいらないくらい。


私は、あくまでも、私は、
このお話は、「ユーモア」と「やさしさ」さえあればとりあえず笑っていられるっていう物語だと思ってるよ。
そして笑っているっていうことがこの上なく素敵なことだって話だと。


「お家をさがそう」も「アメリカン・ビューティ」も、
主人公たちは最後に笑うんだ。
それは、他人の憐れみとか、自分の惨めさとか、そういう怖い力の届かない場所にある笑顔で、
こんな笑いで終わる物語はすごいなあ、いいなあーと思いました。

終わり。
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by mouthes | 2011-10-06 01:40 | Movies&Books