「ほっ」と。キャンペーン

皆殺し文学はやめだ

by mouthes

<   2011年 09月 ( 9 )   > この月の画像一覧

自分を憐れむ歌

いまよりもっと小さい頃、怪我をすることはある種の憧れだった。
切り傷も、骨折も、大きくいえば病気も、
なんか羨ましかった。
「何針縫った」とか首から下げる三角巾とか、立ちくらみの経験さえ特別な感じがした。

そういうのが羨ましかったのは、人目を引くからだったと思う。
周囲の気遣いも、好奇心も、すごく羨ましかった。
常にそういうものの的でいたかった。
こういう風に考えるのは私だけではないと思うけど、
私は人よりも結構しつこい質なので、そう思い続けている期間は長かったと思う。
そうこうしているうちに一番恥ずかしい14歳という年頃になり、
理由もなくやさぐれた。振りをした。
「私って、かわいそう」というどっから来たのかわからない自意識に溺れて、
ミスチルを聴き漁った。
2003年の中学でもクラス中でミスチルが流行っていた。
多分今もそうなんじゃないかと思う。
Coccoとか鬼束ちひろも手堅いラインだ。
学校で一番かわいい女の子たちはaikoとかジュディマリを聴いていた。
そういうことだ。

でも、すぐつまんなくなってやめた。
つまんないことには興味もなくなり、
学校に行く回数も減り、
遅刻と早退ばっかりしてた。

学校でも家でもない場所に頻繁に行くようになって気づいたことがあった。
自分が傷ついていようがいまいが人様にはあんまり関係がないということだ。
私の家やなんかと比べて、私が傷ついていることを気にする人は外にはあまりいない。
そしてそれはたいした問題ではなくて、
傷つこうが傷つくまいが、問題は自分に必要なものを手に入れることだ。
そして、欲しいものを手に入れるのに一番邪魔なのが、見栄とか下手なプライドだった。
またそこからくる「自分はかわいそうだ」という考えでもあった。
自分を大事に思うあまりに、人からよく思われたいともがいて疲れて、自分のことをかわいそうだと思う気持ち。
自分のことを哀れんだって状況は変わらない。
現状に満足して忘れた頃に同じことを繰り返すのが関の山。
必要なものを手に入れるためには、具体的な反省と弛まぬ努力と挑戦の連続しかない。
だから、私がかつて憧れていた「かわいそうな怪我人」は、
実際には私の欲しいものから一番遠いところにいたわけだ。


そう思うと、よりいっそう「自分はかわいそうだ」という考えが怖くなった。
たとえそうだとしても、そう思ったらおしまいだと思った。
おしまいだけは嫌だ。
おしまいは、かっこわるい。なんか間抜け。ダセー。そんで、負けだ。
勝てないかもしれないけど、負けたくはない。
好きな漫画で何度も目にするこの台詞に急き立てられるように、挑戦し続けて、戦績は芳しくない。
でも白星もある。
最近はそれで結構満足だ。

鈴茂さんの「しらふで生きる方法」という中編をよんで、
そう思うこともまたなんとも青臭いなあと思った。
私にとってはやっぱりまだまだ大人の本だった。
大人は私よりもずっとくたくたで、寂しくて、光のないような道を歩いてる。
だけどかわいそうじゃないんだ。
自分のことを哀れまない。
哀れなときもあるけど、そうじゃないときもあることをちゃんと知っている。
そうじゃないときもあるけど、哀れなときもあることを受け入れている。
問題はそんなことじゃなくて、・・・なんなのかは、まだよくわからない。
でもそういうことじゃないらしいってことは、何となくわかる。
あたしはまだ子どもだから、「自分を哀れまないこと」で精一杯だけど、
大人はそうじゃないらしい。
その何歩か先があるらしい。
そんな風に思った話だった。
ことあるごとに思い出す、印象に残る描写が多かった。
[PR]
by mouthes | 2011-09-22 11:56 | footmarks

私の好きなもの

「自分語り」がしたくてたまらないのは今も昔も変わらないのだけども、
高校も卒業して22にもなると、
あんまりそんなことばっか言ってるとカッコ悪い大人になっちゃうから、
それは嫌だから、
「カッコいい自分語り」ができる大人になろうと思って、
目標は岡村靖幸と山田太一なのです!!



今まで、ナルシスからくる自己嫌悪というか、
きっと自分が好きだからこそ、「なりたい自分」になれない自分がすごく嫌だったんすよ。

「自分の好きなもの」ってそれだけで『自分のように』うさんくさいというかパッとしないなあと思っていて、
それはうちの二人の兄の好きなものがいつでも「カッコいいもの」であって、
その影響を受けながら自分はそれを超えられない、というもうそのジレンマ自体がパッとしない、ねえ。
伝わるだろうか、この感じ。
結局その人に褒められたいと思ってる時点で、その人と対等にはなれないし、
その人を超えることもできないんだよ。
で、その原因は全部自分にあるの。
怖くて面倒で卑屈根性から抜け出ようとも思わずぬくぬく育ってきたからそんな風に思うの。

自分で自分を褒められるような、
それで満足を得られるようなひとになりたいし、
あたしはそういう人が大人なのだと思う。



今の私の、ずっと好きな「ものの考え方のお手本」としてあるのが、
岡村靖幸と山田太一で、
あたしはこういう風に自分を表現できる人間になりたいのです。

どこかの誰かの問題を自分の問題として捉えられる想像力と感受性を、
わかりえない痛みをわかろうとして傷ついてしまう不器用を、
遣る瀬無い怒りを飼いならせない情熱を、
そういうものをカッコよく表現できる大人になりたいのです!


だから、私は大好きなこの人たちを愛して、それに似た自分を愛したいのです!
という自分語り。


ふぞろいな林檎たちをみなおそーっと
[PR]
by mouthes | 2011-09-21 20:08 | footmarks

右行って、左行って


台風の日、どんどん強くなる雨風、やっぱりドキドキする!


台風や雷のひどい日に家の中で外を見るのが好きだわー
車に乗るのでもいい!

台風で迷惑こうむっている人がいる手前、
諸手を挙げて喜ぶわけにはいかないのだろうけど、
そんな大人の配慮はさておき、
台風ってドキドキする!



これがマジ台風かー!
今までの台風なんて台風じゃなかったってくらいの台風だわ!
二階のベランダが屋根になってるから、
めったに濡れない大ガラスの上の方までビショビショ!




この台風が過ぎたら、秋になるのかなー




最近TV Bros.を買い始めたー面白い!
今年も残すところ2ヵ月ちょいとなって今年の目標達成!
「好きな雑誌を見つけること」!
[PR]
by mouthes | 2011-09-21 18:33 | footmarks
f0112996_2393542.jpg



「コクリコ坂から」を観た。
最初はいろいろ考えてしまったけど、徐々に入り込んで中盤から最後にかけては夢中になった。
良い映画だった。
主人公の魅力に圧倒された。
自律した心で行動できる女性はだれが見ても美しい。
長澤まさみはかわいい。


それにしても人のアップが多い映画だった。
なんでだろう?
いくら心情描写がメインだからってそんなに寄る必要ないだろうになあ。

「海がきこえる」のような、
「未熟であることの魅力」みたいなものを示す映画だったと思うので、
そういう意味ではこの映画は宮崎駿には監督できないのだろうなどと思った。
宮崎駿の映画は完璧だから。
そして、私自身がまだすごく未熟なので、素直に感動できなかったところもある。
私はまだ未熟であることが美しいとは思えない。
そしてメルちゃんほど自分を律して暮らしていないので、そういう類の美しさも身についていない。
くそー身につけてー!

ただ、どう観たって宮崎駿の映画だったと思う。
宮崎駿がプロデュースして宮崎吾郎の魅力を語っている映画なんだなあと思った。
良い映画だったけれど、この映画が私の中ですごく強いエネルギーを持つことはないと思う。
いまいち印象のはっきりしない映画だった。
でも、宮崎駿と宮崎吾郎は愚地独歩と愚地克己のような関係だと思うので、
吾郎が死ぬ思いでピクルと戦って右腕を食われるくらいのことがなければこっちは圧倒とかされないんだろうな。
父がアニメ界の巨星だとねえ、しんどいねえ。




f0112996_2393842.jpg



それはそうと、ちょっと前に「おもひでぽろぽろ」を観た。
私はジブリと言えば「魔女の宅急便」でそれは絶対に揺るがないと思っていたけど、
この映画は素晴らしかった。
女性のこういう部分を掬える人は、あまりいないと思う。

ラスト間近の、タエ子とトシオの車での会話はぼろぼろ泣いてしまった。
映画の中ではだれも泣いてないし、
人によっては全く泣くような場面でもないのだけれど、
胸に刺さってしまった。

タエ子の過去はあまりにも普通で、特別な美人でもない。
訥々と語る思い出はほほえましかったり、もの寂しかったりして、
時折自分のわがままや誰かの心ない言葉で傷ついく。
特別なことではないし、本来なら過ぎてしまえば忘れるような事なんだけれど、
何が良いとか悪いとかそんなことも別にして、
幼い日の細々とした出来事がずっと体に残っていて、
いまだに成長しきれない部分がある。

でもその成長しきれない部分を通して、新しい人と交わって、交わったことで変わっていける。

そういう成長の美しさが、「おもひでぽろぽろ」にはあった。
あれこそ希望だと思う。
素晴らしかった。
今も胸が痛い。



というわけで、
今は「魔女の宅急便」と「おもひでぽろぽろ」が二大巨塔です。
[PR]
by mouthes | 2011-09-15 03:43 | Movies&Books
f0112996_15143638.jpg





9/8、22歳の誕生日、あの岡村靖幸が復活した。


f0112996_15253236.jpg




行く前から、岡村靖幸は私のために歌うのだと思っていたけど、
実際のライブはそれ以上の熱狂に満ちていた!

私は「全盛期」の岡村靖幸を知らない。
岡村靖幸が、若くて、何かの象徴みたいに輝いて、あたりまえのようにテレビに出ていた時代を知らない。
私が生まれたのは平成元年で、
岡村靖幸は私が生まれる前から「みんなの靖幸ちゃん」だった。

私は岡村靖幸を知って、「だいすき」が大好きで、夢にまで見た。
話に聞く岡村靖幸は、メディア上に浮かんだり沈んだりしながら、本人はそれをあまり意に介していないみたいだった。
というか自分のことで手いっぱいなんだだろうなーと思っていた。
私と一緒で。
こんなに才能があって、大勢の人に求められてて、認められていても、
私と同じように不安で、物足りなくて、わがままで融通が利かない自分のせいで寂しい思いをしたりするんだとしたら、
そう悪くない気がしてきた。
そしてそういう歌を聴いて、やっぱり大勢の人が泣いたり笑ったりして、
そう悪くない気がするってのは、
すげーなあと思っていた。
だからね、
岡村ちゃんにどんなことがあって太ったのかも覚せい剤をしたのかも知らないけど、
どんなに太ったとしても覚せい剤をしたとしても、
ファンは岡村ちゃんを嫌いになんてなれなかったと思うんだよ。
岡村ちゃんと一緒で、
不安で、物足りなくて、わがままで融通の利かなくて苦しい思いをしてるからさ。
それを掬ってくれるのが、岡村ちゃんの音楽だったからさ。


でも嫌いになれないから、余計に寂しいじゃん。
岡村ちゃんが劇的に太って、入所して、いっちょ噛みした音楽ライターに好きなように叩かれてさ。
叩かれるならまだいい方で相手にもされなくなってきてさ。
そんな岡村ちゃんだからさ、いつだって心配になっちゃうじゃん。
あの時自分を熱狂させてくれた岡村靖幸の「今」が、超心配になっちゃうじゃん。
どんな姿でもみんなの前に戻ってきてくれる岡村靖幸を応援してきた人たちだよ。
岡村靖幸のファンには、好きだって思うのと同じくらい心配に思う人たちがたくさんいたと思う。
しかたないよ。
それも愛だよ。

私はまだ7年くらいしか知らないけど、
20年以上の岡村ちゃんの活動をずっと支えてるファンの人たちが今もライブに来てるんだから、
そういう意味でもライブ会場はただならぬ熱気でしたよ。


しかし7年越しの思いを経て見た本物は、
私が想像していた通りの、そしてそれを上回る魅力を爆発させる岡村靖幸だったのですよ!!!!!
イイ声で、キレッキレのダンスで、やたらセクシーで!
色とりどりのビームライトの中を暴れまわる青年14歳がそこにいたのですよ!!!!




「どうなっちゃってんだよ」からの「カルアミルク」で、
岡村ちゃんは何度も何度も頭を下げていた。
お辞儀じゃないってわかってる。
「愛してるぜ」って岡村ちゃんが歌う。
言わなくてもわかるよ。
だってライブ最高だもん。


あたしは多分、岡村ちゃんは逮捕されるたび安心してたんじゃないかって思う。
人から期待されるたびに不安が加速していって、
人から信頼されるたびに自分のことが不安になっていったことは、
自分にも覚えがあるから。
相手に迷惑かけることでしかコミュニケーションが取れない時期が、今もあるから。
それじゃだめなんだけどね。
自分が好きになりたくて、それにこだわってるうちは誰かを愛したりできない。
誰かを愛したりできないうちは、自分のことなんて好きになれない。
でも多分、岡村ちゃんは、そこを越えて行ってしまった気がする。
そこを越えて行った人が持つ光みたいなものを、その輝きを、あの時岡村ちゃんに見た気がする。
そうだといいな。
あたしの勘違いじゃないといい。
そうだったら、またあの素晴らしいライブが何度でも見れるから。


何度かの岡村ちゃん休憩(体感5分程度の小休止。MCや楽器のパートソロ中に岡村ちゃんが休憩する)をはさんで、約2時間半のライブだった。


最初は5曲ほどぶっ続けで踊りまくっていた。
セットリストを挙げていらっしゃる方がいたので、拝借いたします。(こちら
コメント欄がなかったので、リンクもすべて事後報告になってしまいますこと、陳謝いたします。
申し訳ありません!

1. どぉなっちゃってんだよ
2. カルアミルク
3. ア・チ・チ・チ
4. Vegetable
5. 聖書
6. Punch↑
7. Co'mon

ここまではぶっ続けで歌いまくりの踊りっぱなし!
Vegetable~Co'monはメドレー的な流れだった。
というか最初Vegetableはミックスが激しくて曲に気づかなかった。
サビで歌詞が耳に入ってきてハッとした感じ。
でも知らない曲だと思いながらガンガン踊ってた。
もうほんとね、アゲアゲでしたよ。
アゲアゲってこういうことだなと思いましたよ。
心も体もどうかしてた。
どうかしてるよってこういうことだなと思いましたよ。
そしておもむろに舞台からいなくなり、突如始まった岡村ちゃん休憩。
各パートのソロが始まり、段々状況が飲み込めだす会場に笑顔が漏れる。
パートソロ、素晴らしかったです!
パートソロが一斉にブレーク、からの岡村ちゃん復活!


8. イケナイコトカイ
9. 19
10. いじわる


ここで2度目の岡村ちゃん休憩。
今度はしばらくコーラス、パーカッション、キーボードの白石さんのMCが入って、
岡村ちゃんの近況などをネタに、1日に20時間作業をし続けてようやく完成したのが「エチケット」であると告白!

「岡村さんは、みなさんもご存じだと思いますが、
昔からジャックナイフのようにぎらぎらしたところをお持ちですけど、
みんな最近の岡村さんは、昔とは少し違うなと思っています。最近の岡村さんは、・・・やさしい♡」

白石さんから察するに、すごくいい空気の中でエチケットは作られたようです。

そして白石さんは、おもむろにファンレターを届いて読みだし・・・

「ペンネーム『家庭教師』さんからですね。
 『白石さん、会場のみなさん、こんばんわ。僕は今日、新木場COASTで歌うことになっているんですが、
 僕の思い出がたくさん詰まっている曲をリクエストします。』
 ということでですね、リクエストにより、みなさんもご一緒に、青春て1,2,3ジャンプ!
 「あの子僕がロングシュート決めたらどんな顔するだろう」をお送りします。」


11. あの娘ぼくがロングシュート決めたらどんな顔するだろう
12. だいすき

「ありがとう!」と言い残し去っていく岡村ちゃんでしたが、
ここまでが本当にあっという間だった!
あっという間すぎてここで終わるわけがない!
ここで終わられたら困る!
アンコールがあるに決まってる!
それくらいぐいぐいした思いの詰まったアンコールが、
構成的には第2部としてスタート!



<アンコール1>
13. DATE
14. 祈りの季節
15. マシュマロハネムーン
16. SEX

マシュマロハネムーン~SEXは、アルバムと同じ流れで、私はこの時が最高に盛り上がった。
「あん時言ったろ」がすげーキマってた!
白いカーテンが閉まって、カーテンの前にキーボードだけが現れ、
岡村ちゃんが登場!
岡村ちゃんの方へ押し寄せる人!
ぎゅうぎゅうになりながら針の穴を通すような隙間を見つけて、なんとか岡村ちゃんを見ながら聴きました。


<アンコール2>
~キーボード弾き語り~
17. 友人のふり
18. Lately(Stevie Wonder)
19. 卒業写真(ユーミン)
20. 君が代
21. どうかしてるよ


「友人のふり」を歌う前に、「君は僕のこと好きだって言いながら、他の男とデートしてる・・・ちゃんとネタはあがってるんだぜっへぇ!!!!」って台詞が、「やっぱり岡村ちゃんだなあ」と思って感慨深かった。
「どうかしてるよ」から白いカーテンが開き、再びバンドセットへ!
メンバー紹介中ステージ左わきの段差に、ホーンセクションの人と座りながらしゃべってるのがなんとも素敵。
素敵にマイペース!


22.~ギター弾き語りメドレー~
 (1)家庭教師
 (2)愛の才能
 (3)真夜中のサイクリング
 (4)Dog Days
 (5)Shining(君がスキだよ)


そいでね、そいでね、岡村ちゃんすげーの!ギターすげーの!
すごいすごかった!
こんなあほな形容詞しか思いつかないくらい!
すげーんだよほんと!
ほんとすげーすごかった!
あれはヤラれた。
雰囲気とか色気とかじゃなく、どう見ても技術がすごかった。
イメージなくないすか?
最近の曲は電子音が多かったし、新しいアルバムのミックスもそっちがメインだったし。
ギターすげえすごかったなあー!
ほんと、この話になるとあたしバカになっちゃう。もともとひどいのにさらにひどくなる。
すげーすごかった。そんだけっす。


23. Out Of Blue





すごかったなあ。それにしても。めっちゃよかった。
何せすごかったから。

「エチケット」はパープルもピンクも、
岡村ちゃんが「ポップになることに徹底した」と言っていた通り、
ポップな、これまでの作品と比べるとどうしても軽い印象があったんだけど、
ライブ観たら納得だった。

時を経て、
岡村ちゃんのポップな部分が研ぎ澄まされた一方で、
いやらしくてずっしりねっとりした部分も激しくなってた!
そして素朴な部分はより素朴になってた!
それらが織りなすスマートで強靭なジャパニーズ・ファンク!
なるほど!これが「今」の岡村靖幸かー!

そんな感じでした。
最高でした。


今気づいたけど、ラストソングはデビュー曲だ。
またここから始まるんだね、岡村ちゃん・・・!
[PR]
by mouthes | 2011-09-10 16:13 | So Fun

ストレスを抜こう

どうしても折り合いの合わない同僚が一人いて、
気にしなきゃいいのに悪い癖で勝手にどんどん気にしてしまって、
気付けばものすごいストレスで、
発散するために12本もDVDを一気に借りてしまった。
観れないよね、ふつうに。
流しっぱなし用だからまあ、いいんだけど。

でも映画100本観ても、観たい映画は全部観れないんだね・・・
不思議なもんです。
で、結果エネルギーを使わない映画ばっかり見ちゃうね。
こうやって時間をつぶすんだね。
何で今日はこんなあーあな気分なんだろう。
履修登録なんかしてるからだな。

起きて、気分が盛り上がったら岡村靖幸のライブレポートを書きます!
一言言っていいすか。




最 高 で し た



知ってた?
岡村靖幸が世界一カッコいいって知ってた?
あたしはね、知ってたし、
昨日確信した。
最高だったよ。
最高だったの。
涙が出たよ。
当たり前だね。
[PR]
by mouthes | 2011-09-10 03:09 | footmarks

『歩いて帰ろう』







「誰にも言えないことは、どうすりゃいいの?」って歌詞には、誰しも感情移入してしまうでしょう。


本当に、どうすりゃいいんだろうねえ?
どうするのがいいんだろうね?


「それでも、生きてゆく」のお兄ちゃんとか、
「ヒメアノ~ル」の森田とか、

誰にも受け入れてもらえない性癖を持っちゃったやつはどうすりゃいいの?
そういう人が目の前に現われたら、うちらはどうすりゃいいの?



ブラックマヨネーズの吉田さんが、
「犯罪のニュースを見ると被害者より犯人に感情移入してしまう」っていう話を笑い話にしてたけど、
ほんとに、そういう人たちはどうすりゃいいんだろう?


昔リリー・フランキーさんのコラムで読んだことがある、
緊張や興奮が最高潮になると野グソをしたくなるという人がいるらしいけど、
そういう人はまあ、すりゃあいいよね。受け入れてくれる人は少ないだろうけど笑ってくれる人はいるし。



人を傷つけたいと思ってしまう時や、
自分が許せない時は、
みんなどうしているんだろう?



そういう部分を汲んでくれるすべての表現が、私は好きだよ。
うしおととらも、寄生獣も、極東学園天国も、つまりはそういう話だと思う。
わからんね。
そういうのは、誰かに、赦してもらうしかないんだよな。
あるいは、赦さずに罰していくしかないんだよな。
嬉しいことだし、悲しいことだ。
[PR]
by mouthes | 2011-09-06 00:50 | footmarks

熱っぽくてくだらない

そんなことを一生できたらいいな!
一笑できたら!

できたらいいなー!

熱っぽくてくだらないものが大好きだ。
だからマンガも好きだし、アイドルも好きだし、お笑いも好き!
でも、人間のそういう部分を、ちゃんと掬ってくれるものって、意外と少ないんだよ。
みんな隙あらば利益を出したり目的や意味を見出したりしようとするからね。
そういうのは、大人のすることだから、いいよ、別に。
情熱って得難いぜ。
くだらないって最高だぜ。
そういうことたくさんやっていこう。
そう決めた。
[PR]
by mouthes | 2011-09-05 22:32 | footmarks
「Mother」、全部観たけど、最後まで感情移入できなかった。
泣いたけど。
それは演技に泣かされたのだと思う。
みんな、演技はすごかった。
松雪泰子さん、田中裕子さん、高畑淳子さん、みなさんかなり凄まじい緊張感があった。
でも最初から最後まで、結構急な展開だったと思う。
「誘拐」っていう手段をとることも、離縁届のくだりも、
あんまり説明がないし、
虐待してたお母さんがヒステリーおこしたり親心を見せたり、
つきまとってる記者が協力したり突き放したり、
結構みんな言ってることが急に変わる。
「渡る世間は鬼ばかり」ぐらい急に変わる。
私がついていけなかっただけなのか、本当に説明がないのか、そのあたりは分からない。
他人の感想を読んでもわからない。

あと、芦田愛菜ちゃん演じる「道木怜南」は、
「自分を救ってくれた学校の先生がいきなり「あなたを誘拐する」って言い出す」というかなりぶっ飛んだ状況を瞬時に受け入れられるほど頭の良い子供という設定なのかと思いきや、
ところどころ言動・行動が幼いのもどういう狙いがあるのかなあと思った。
「まだ子ども」ってこと?
「いろいろわかってないけど健気」ってこと?
うーん、どうかなあ。



ああでも、すごく具体的なこちらの感想を読むと、
やっぱり感情移入できるかどうかの問題だって気がしてきた。



あと、登場人物が全員、
自問自答しないというか、やったらやりっぱなしというか、
あまり「対話」はテーマになっていない気がした。
松雪泰子さん演じる「鈴原奈緒」は頑なに周囲との協力を拒んで逃亡し続けようとするし、
尾野真千子さん演じる「道木仁美」は最後のセリフがよくわからなかった。
あれだけ場を荒らして悪態ついて自分は悪くないって言い続けてた人が「私を死刑にしてください」って急に言う?

わかった!
このドラマあんまり理屈がないんだ!
少女マンガより理屈がない!
全員が感情の作用だけで行動してる!
そう考えれば誘拐も、離縁届も、ゆすりも、密告も、全部説明がつく。
でも人間てもうちょっと論理もあれば打算もあるし、立場もあれば意地もあるでしょう。
そこだな。そこだけだ。



ただ、「対話」よりも「感情」や「きっかけ」でどうにかなってしまう事も世の中にはたくさんある。
でもそれって反則じゃない?
テーマにしちゃダメじゃない?
「対話」がテーマにない人間ドラマはなにか決定的に欠けている気がしてしまう。



「それでも、生きてゆく」は、対照的に論理がすごく丁寧だ。
その第一話は丁寧すぎるくらい丁寧だった。

「殺人事件」の加害者家族と被害者家族、遺された者同士のの「対話」がテーマになっていて、
それを冒頭からはっきりと描いてる。

あまりに大きな悲しみと憎しみを抱えてしまったせいで散り散りになってしまった被害者遺族と、
後悔と愛情を胸に肩を寄せ合う加害者家族。
お互いの傷を、お互いだけが理解できるのだと、対話によって知っていく物語。


昔、文藝春秋か何かで、
保険金殺人を犯した死刑囚と被害者遺族の話を読んだことがある。

死刑囚は、被害者の友人で、家族とも顔見知りだった。
借金に苦しんだ末、知恵を貸した第三者と共謀して友人を殺した。
しかし死刑囚は獄中でクリスチャンになり、被害者遺族に謝罪の意を込めて手紙を送り続けた。
手紙を受け取った当初、遺族は憎んでも憎みきれないというほどだった。
手紙は破って捨てていた。
捨てても捨てても送られてくる手紙を1度だけ読んだ。
「二度と送ってくるな」と返事を書いた。
死刑囚はその手紙を受け取って泣きながら喜んだ。また手紙を書いた。返事が届いた。
そうしてやり取りが重なるにつれ、憎しみも悲しみも癒えないけれど、
「わからなかったこと」が「わかったこと」に変っていった。
そして何度目かのやり取りを終えたとき、死刑囚の死刑が執行された。
年末の忙しい時期、年間の死刑受刑者数の帳尻合わせのために刑が執行されたのではないかという話だ。
遺族は、「もっと彼と話がしたかった」と言った。
「何が正しいのか、わからない。ただもっと、彼が何を考えているのか知りたかった」と、末尾には記されていた。


「モリのアサガオ」でも、同じテーマの話があったね。


赦すとか、赦されるとか、救うとか、救われるとか、
本当のところはよくわからない。
だって自分が何に責められているのか、何に苦しめられているのか、
自分で理解できる人は、本当に少ない。
自分の中に、答えがないこと、私は最近になってわかった。
他人じゃないとわからないことが、確かにあるんだ。
自分の望むものとか、他人の心の中とか。
それは、「対話」をしなければわからない。

「対話」をするために、今まで多くの人が培ってきた知恵が、
物語であり、論理であり、言葉だ、思う。
「対話」がないってことは、そのすべてがないってことだよ。
大変だね!


でもなあ、「知らない方がいいこともあるんだよ」って言うじゃない。

あたしあれ、全然納得できない!
自分に不都合なことでも知ってた方がいいに決まってんじゃん!
傷ついても、無様でも、みっともなくても、
そんなんなんでもないね。
知らない哀れに比べたら。
下品でも、バカらしくても、
あたしは知る方を選ぶよ。
言う方を選ぶ。
無駄に傷ついて、無駄に傷つける方を選ぶ。
それで理解できることがあるから。
まあ、得ることができない結果もあるけどね。
望みどおりに動いても得ることができない結果もあるけどね!
ダメだ!
この場合どっちにしろ詰み!
あー
あたしが悪かろうが悪くなかろうが詰み!


最後話逸れちゃったけど、
テーマは「対話」だよ。
大切なのは対話だと思う。
[PR]
by mouthes | 2011-09-02 03:45 | Movies&Books