「ほっ」と。キャンペーン

皆殺し文学はやめだ

by mouthes

<   2009年 08月 ( 21 )   > この月の画像一覧

私の90年代幻想

今より少し前のSMAPと桜沢エリカが好きだ。
そのことは、私の中に90年代幻想のあることを裏付けている。


ここでいう「幻想」とは、「あの頃はよかった…」的な郷愁や感傷とは無関係である。
では何が命題なのかというと、つまりは「善悪なんてくそくらえ」ということなのだ。

現代は極めて混迷を期す。その反面で極端な二元論がそこかしこで横行している。
民主主義を語りながら徹底した搾取を行う社会構造。それに抵抗しようにも、すでに教育や共同体は根幹から細切れにされている。繋がることを教えられていない個人は、自分を認識するために他者を裁く。そして安易に同化しようとする。そこには自己正当化を基準にした善悪が蔓延り、自分ではない人間、つまり自分に同意しない人間を全て敵と見なす狂喜に満ちている。
これが混迷でなくて何だというのだろう。
また、善悪は快感の中で加速し、次第に中間の存在を許さなくなる。
そして悪と見なされれば即座に排され、善を保ついけにえにされるのだ。

「空気を読めない」悪、「自分を受け入れない」悪、「理解できない存在である」悪、
こうした悪は善の下に排除されなければならない。
一度疑問を持ってしまえば「善」、則ち自己の存在が揺らいでしまうからだ。

そういう独りよがりとも言うべき善悪二元論は以前からあったものだ。しかしそれは時代とともに明るみに出て、それぞれが多様な視点にさらされる中で、「自分の善悪は自分の立場でいた場合のみ揺るぎない」ということを知っていったはずだ。
ボブ・ディラン曰く、「君の立場では君が正しい、僕の立場では僕が正しい」である。

つまりは、「善悪なんてそんなことたいした問題じゃねー」ってことである。

人間は自分の暮らしを、築いてきた社会を守るために人間を裁くが、「正しく裁ける」ほど賢くはない。
私たちの文明はそのことをたしかに知ったし、今も知っているはずなのに、みんな善を押し通す快楽に流されてそのことを語ろうとしない。
善悪なんて最初から問題ではないのに、善悪でしか語らない。


正直どーでもいいのだ。
酒井紀子さんの薬物依存も、「普段は大人しい人だった悪いことをするようには見えんかった」も、んなことはどーだっていいよ。
彼等にとって一番大切だったことや、日々の幸せの在りかや、抱え切れなくてだだ漏れてしまった孤独は果たして癒されたのか、これからどうなっていくのか。
そういうことが知りたい。
幸せについて考えなければと思う。


SMAPと桜沢エリカは、何も裁かない。そして自分と世界を肯定している。
それは愛によって成されているのだと思う。
事の善悪はどうあれ、自己の欲求を肯定し、満たされても満たされなくても受け止める。
嫉妬も諦めも知って尚、他者を求め続ける。
そこにはたしかに愛がある。私はそう思う。
しかし、それは事実や実態ではなく、SMAPと桜沢エリカのエッセンスから私が膨らませた「幻想」に過ぎないのだ。
幻想でいいよ。
好き。
眠い。むにゃむにゃしたことを書いてしまった。寝言だと思ってください。


♪SMAP「KANSHAして」
[PR]
by mouthes | 2009-08-30 03:21 | moments!

涙が出てくる



小学生5年生のあの時、私はモーニング娘。になりたかった。
確かになりたかった。

今この動画を観るとなんだか涙が出てくる。
一瞬の強い光、圧倒的なエネルギー。
そこに至るまでのあらゆる負を思わせない、寄せ付けない輝きがあって、すげえな、みんなすげえなと、涙が出てくる。

このくらい輝かないとやっぱ意味ねえよなー
[PR]
by mouthes | 2009-08-27 15:27 | footmarks

混沌と混乱と狂熱が

f0112996_0572175.jpg




思えば、初めて買ったハイロウズのアルバムは、「Relaxin'」だった。
正確に言うと、パチンコの景品だった。
小学生だった私は、塾の終わりに休みなのでパチンコをしているお父さんを迎えにいって、
勝っていたらしいお父さんに「ほしいもんはあるか?」と景品の棚の前に立たされた。
当時やっていたドラマの主題歌がとても好きだったから、「Relaxin'」を選んだんだ。


小学生だった私は、好きな曲ばっかり繰り返し聴いていた。
「青春」を、繰り返し繰り返し聴いて、こんな場面に憧れていた。
腕を大きく振りかぶって大男を殴るような、かわいい女の子のシュートフォームに見とれるような、胸が最高潮に高鳴るような、
そんな場面に憧れていた。


先日そのCDを次兄の部屋で見つけた。
歌詞ノートの裏にステッカーが貼ってある、ナンセンスなリラクシンは絶対私のものなのに、
中身だけなくなっていた。
くそー。
だけど長兄のMP3ウォークマンに入っていたので難なく聴けた。
便利な時代だねえー。



夏の終わりにふさわしい曲が、久しぶりに心のひだを撫でていく。
そう、そう、と頷きながらちょっとずつ元気になっていく。
今日も眠らなきゃ―。


♪ハイロウズ「No.1」
[PR]
by mouthes | 2009-08-26 01:11 | footmarks

気分良いなー

今日はハセケンとまりなちゃんとりゅうたろうくんと白十字で話した。

なんか久しぶりにのびのびしたノリで気持ち良かった。
まりなちゃんがもやもやしていて面白かった。
彼女のもやもやは、私がかつて感じたことのある、確かに感じていたもやもやで、
なんか面白かった。
目の前にあるのに絶対手の届かない、歯痒さ。
がむしゃらに近づきたい焦燥感。
あたしもそういうのに苛まれて何度となく「くそっ」と思ったことがある。
中2だった。
自分がたまらなく窮屈で、楽しいことが目の前にあるのに、全然楽しめなかった。

もう過去だなーと思う。
今の今まで今だったのに?
いつでもすべてやり直せるのに?
そういうもんです。
知らない間に育つよねー。

饐えた匂いのするおしゃべりではありますが、
釈迦の蓮は泥の上に咲くのです。
違いますか?違いますか。そうですか。


帰りにCOMMUNEに寄って、ケーキと赤ワインを頂いた。
COMMUNEはリカコさんとエミさんのやっているギャラリーで、
お店の中は細かいところまで二人の目が行き届いていて、
それでいて息苦しさの全くない、
不思議な場所だった。
こういうバランス感覚というか、センスがほんとに羨ましい。
人が入れ代わり立ち代わり沢山訪れて、あったかい、ホットな場所だった。
また遊びに行くと決めた。

皆さまも、下北にお寄りの際は是非!
帰ったらリンクを貼ります!



帰りにCCCに寄って、兄が家に忘れていったヨ・ラ・テンゴのLPを渡した。
キャンパスナイトフジを目指して頑張る旨をたつろうさんとわたなべさんに話した。
髪の色とかハニーブラウンにするんだ。
するんだー。


紙コップ半分の赤ワインでぽかぽかしてしまう。
オザケンみたいな気分になる。
夏なのに、春にして君を想う?
季節外れだナー。
やっぱり夏はハイロウズ。
第一希望しか見えないぜ。
そんな夏。
夏も終わるね。



♪ハイロウズ「不死身のエレキマン」
[PR]
by mouthes | 2009-08-23 23:50 | footmarks

かわいい

吹石一恵すっごいかわいい。
「吹石一恵かわいい」って百回唱えたら吹石一恵に会えたりしねえかな。しねえな。あーかわいい。超可愛い。
[PR]
by mouthes | 2009-08-20 11:59 | footmarks
背景黒で写真が吹石一恵(セクシーショット)で臼田あさ美さんのアップがトップだと、

なんかいかがわしいページみたいで「同僚に見られたらどうしよう・・・」とドキドキさせてしまったらごめんなさい。

でも当分はこれで行きます。

ぷっぷぷー
[PR]
by mouthes | 2009-08-20 08:59 | footmarks

研究過程

吹石一恵になりたい! ~臼田あさ美さんを経て~



「目指せ!キャンパスナイトフジ」から、「吹石一恵になりたい!」にシフトしたcocoです。

やっぱり何かを目指していく過程では研究が欠かせないだろうということで、
吹石一恵感を出していくために通る道として臼田あさ美さんを考察してみました。

f0112996_915639.jpg




ものすごい透明感です。


すごいなあー。すごいなあー。
パンチがある。かわいさに。
みぞおちをえぐられたかのようなダメージ。



まず、女子の中で最重要とされたのが、お化粧より何より髪形
「一度坊主にしておいて何を言うか」とお思いの方、坊主だって立派な髪形です。

まず、坊主にしたらマーチンのブーツがすげえ似合ったしって坊主の話は置いといて、
身の回りのいまどき女子代表として召還したみんみ曰く、
「髪を短くしたら今まで来てた服がどれも似合わなくなって焦った」そうな。


ってことは、髪形さえどうにかなりゃあ近付けんじゃねえかと浅はかなことを思いまして、
まず髪を伸ばします。



イメージもそうですが、画像を探す中でも臼田さんはけっこうボリュームの多い髪形が多くて、
f0112996_9214844.jpg
ところどころショートの写真もありますが、印象が弱いと感じてしまう。
(暗い写真が多かったせいもありますが)
ということは、臼田あさ美さんの持つ「あさ美感」をそれたらしめているのは、
あのちょっと重たい髪形とぽてっとした唇の織り成すアンバランス×アンバランス=超均衡なんだ!!

と勝手に思いました。


そして臼田さんはピタッとした服よりも、f0112996_9272833.jpg
ふわふわ~として余裕のある服を着ている印象が強い。
ここでは実際の頻度よりも、「印象が強い」ということが大事。

本当に人は印象でしか物事を把握していない。
まあ毎日情報量が多いからそうするしかないっていうのもある。
特に女の子を見る時なんてそうだ。
まあ細かく見ると粗ばっか増えてくし、印象で見てくれた方が有難いことも多いけどね!

で、私にとっての最重要課題も「印象を変えること」にあるので、
「吹石一恵感」ないし「臼田あさ美感」を出すためには、まず髪の量を多くして色を明るくして重心を決めることだ!

と思いました。

服や化粧は二の次さんの次。




いらないエクスキューズ***


*長澤まさみさんの武器は「笑顔」という天然の飛び道具なので真似とかそういう対象じゃありません。
*安めぐみさんも右に同じ。
*そういやなんで吹石一恵さんにフラグが立ったのかってところだけど、なんか、吹石一恵さんて嫌われたくなくない?目元とか腕の感じとか柔らかいし。「この人に嫌われたくねーな」って思われるような空気を出したいなーと思って。そうなると太田莉菜ちゃんなんかは少し違うんだよねーとかそんな感じです。
[PR]
by mouthes | 2009-08-19 09:37 | study
自分の中に「必要とされていない」感覚、「役に立たない自分」という感覚が常に、どこかにある。

それにともなう自問とか内省とか具体的な議論とかはさておき、
たとえ口先だけでもそれを言い続けてないとダメだという気はする。



あるところでは、漫画家、編集者、いろんな立場を巡って議論が活発らしい。
でも、はっきり言って、漫画なんてこの世に必要ない。
絶対必要ない。なくていい。この世にたくさんある「なくても生きていけること」と同様に、漫画なんてなくていい。


誤解しないでほしい。いや、別に誤解をしても良いけど、フェアじゃないので一応言っておく。
この文章を読んでいるどんな人よりも、私は漫画が好きだ。
ただ、ジャンルを超えてあらゆるマンガを読みこなしているわけでもないし、
好きな作家の好きな話の好きなセリフが何巻の何ページに書いてあるぜとかそういう知識もない。

だけど一つ言えることは、私はマンガを信じているということ。
目に見える現実と同じように、マンガを信用しているってこと。
それ以上にマンガを愛する術を、私は知らないし、その一点において、私には自信がある。
私は誰よりも、マンガが好きだ。



そして、漫画家は、愛されるべきだけれど、守られるべきじゃない。
だって守られるかどうかで、その漫画の真価が問われているのだから。
漫画を食い物にしている虫のような人は大勢いる。
それは漫画だけではなく、あらゆる芸術、学問について回る。
その人たちにとっては、作品の必然性やエネルギー、葛藤、粉骨砕身の努力はなんの意味もなく、
自分たちに富をもたらすかどうかが作品の存在意義なのだ。
これは、恐ろしいことだと思う。
こうまで肯定される悪意、学校では見ることも許されない。

だけど、それは、いつだってそうなんだ。
漫画家が本当に作品を届けなければいけないのは、そういう魂なんだ。
目の前の人間にすら届かない漫画に、どんな力があるというんだろう?



再三言うようだけれども、漫画なんて無くていい。
だけど「無くていい」と知りながら全身全霊で漫画を描いている、それを喜んでいる漫画家をあたしは知っている。
自分の抱えた感動が、どうか少しでも遠くに届きますように、どこかで育ちますようにと、
祈るような気持ちで漫画を描いている人を、私は知っている。
きっとこの人は、漫画がただの紙とインクの合わせものってだけじゃないと信じている。
誰かに、知らなかった感情や見たことのない景色を味あわせることができると。
漫画を信じている人の言葉を、私は信じてる。



「アイデン&ティティ」の彼女は言った。

「理想を追い続けること。それがあなたの使命」と。

全ての作家はこの使命を負って、荒野に放たれる。
漫画家とて例外ではない。

結局、賃上げ・賃下げを巡って議論を醸している漫画家も、
漫画を食い物にするかのように高給を取り漫画家を虐げている編集者(見たことも聞いたこともないけど)と同じ穴のムジナだと思う。
むかつくよ。
この中の誰が漫画のことを真剣に考えてるって言える?
この中の誰が漫画のことを愛してるって言える?
そんなに嫌なら漫画なんて描かないでほしいよ。
漫画を守るのは、漫画家の役目じゃない。
読者や、漫画に感動した人々の役目だ。
あたしは、「漫画は読まれて当然だ」なんて思っている作家の傲慢にまみれた作品なんて読みたくない。
日々自分の傲慢さに嫌気がさしているというのに、どうして人の傲慢まで味わおうなんて思うだろう。

漫画に意味があるとしたら、それは漫画が誰かの心を救ったときだ。
ごみごみした日常の中で、もしかしたら狭く暗い部屋で、満足も飽和した生活の中で、
誰かの心に触れた時、漫画は価値がある。



立場や見方はどうあれ、「イイ漫画がもっと読まれるべきだ」と思っている人がいるかもしれない。
だけどイイ漫画ばかりが求められているわけじゃない。
駄作を好む人が大勢いて、みんなくたびれる毎日の中で名作の鋭さより駄作の柔さに癒されるとしたら、どちらが自己満足的だろうか?

「売れる」「売れない」にまつわる議論は単純なものではないのだろう。
だけど、例の議論の中に感じる、
理想を追って、挫折して、それでも「やりたいこと」を捨てられなくて、苦しくて、ただ自分は汚れたくない、まだ汚れてはいないというような、
踏ん切りの悪さ、半端さは否めない。
そういう人たちが漫画をダメにしている気がする。



結局、求められるものが出回っているのだ。
あたしはそう思う。


そういうわけでくるりの「魂のゆくえ」が早く聴きたいです。


♪くるり「ロシアのルーレット」
[PR]
by mouthes | 2009-08-18 13:31 | footmarks

THE 吹石一恵

f0112996_9485119.jpg







かわいい。
さっき、吹石一恵が、すごくかわいいと思うようになった。
こうなりたい。
こうなっていこう。
こんなふうにキャンパスナイトフジ感を出そう。
[PR]
by mouthes | 2009-08-16 15:15 | footmarks

優しい嘘

「私は、一切れのパンのために彼を殺してしまった。彼は・・・親友だったのに。私は獣と一緒だ」

「それは違うよマイルズ、君は優しい人間だ。もし君が獣なら、そんな風に後悔したりしない。後悔して涙を流しはしない。それに、彼は現実にはいない。君は誰も殺していない」

「いや、あの場にいたのがもし君だとしても、同じ行動を君がしていたなら、やっぱり僕は君を殺しただろう」

「マイルズ、確かに君は、一瞬のあいだ、獣と同じだったかもしれない。だけど、その一瞬のために人生を棒に振っていいわけがないだろう?」

---------------------------------スター・トレック -ディープ・スペース・ナイン-「つくられた記憶」より



私は、いや、私を育てた環境も含めて、たった一瞬を決定的なことだと思ってしまいがちだ。
だけど、その一瞬も、日常も、すべては側面にすぎない。
このときのベシアは超カッコよかった。

ベシアはこのとき、「もしマイルズの記憶が現実の出来事だったら」「もし殺された人間が実在してその家族がいたなら」ということを無視して、
マイルズの善良さを掬い出そうとしてる。
だけどそれは、ベシアの欺瞞でもアメリカ的ヒロイズムでもなく、

親友であるマイルズを想う、ベシアの優しい嘘だ。




「どうにもならないことなんて どうにでもなっていいこと」と歌う「少年の詩」も、ブルー・ハーツの優しい嘘だ。

本当は、どうにもならないことを諦めていくしかないのだし、
「どうにでもなっていい」なんて能動的な物言いは虚勢だ。
私は、「どうにかしたいこと」と「どうにもならないこと」の間でぎりぎりと苦しむ他はない。





だけど、この2つの嘘は、「譲れないただひとつのことを守り通すんだぜ」ということを言っている。





「嘘」や「本当」は、その「譲れないただひとつのこと」を形容するための手段でしかないんだぜ。
俺たちの魂は腐らないんだぜ。

多分、そういうことを言ってるんだ。


んんんんん、ベシア超カッコイイ。
[PR]
by mouthes | 2009-08-16 11:54 | footmarks