皆殺し文学はやめだ

by mouthes

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くるり女子のようなよそおいで春の街に来ました。

幼いころ理解できなかった絵本のようなくるりのうたは、
曇天模様の東京にぴったりです。
いまは、
迷ったり、ふと思い出したり、不安になったり、決断したりしながら、
やあ、と、さよなら、を繰り返すのだな、と、思いました。
そしてこのさきどこに行き着くのか、なんて、あまり考えないようにするのだな、と。


♪くるり/ハローグッバイ
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by mouthes | 2007-03-31 17:28 | moments!

ぶつぶつと考える

いま、すごく罪悪感があって、
周りの友達は「何でそんなに感じる必要があるの」と言ってくれるのだけど、
やっぱり罪悪感があって、
どうにかしたいのだけど、どうしていいのかわからず、
もんもんとしたままにまた誰かに電話をかけようとしている。

迷惑をかけたりかけられたり、
そういうときはどうしたらいいんだろう。
笑って許せたらそれがいちばんなんだけど、
そんなことばかりではないんだろうし。
自分にできることはなにかな、と、最近考えるようになったけど、
結局考えなかったときと同じようにどうしていいのかよくわからない。
「感情がいちばん大切なんだ」と思うようになったけど、
大切だと思えるような強い感情があまりない。

途方にくれるには、恵まれすぎていて、
いったいどうしたらいいんだろう。
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by mouthes | 2007-03-31 02:37 | footmarks

春の夜-Sunday morning

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秋の夜、頬をなでる冷えた手のような風を切りながら聴くVelvet underground&nicoは、まるで世界中に鳴りひびいているかのよう。
夜そのもののようなささやきにおもちゃのピアノが星らしくはじけて、
聴いたことのあるイントロが生まれて初めてのように流れ込む。
Velvet undergroundはある特別な夜の音楽だったわけだ。
春の夜は、また日曜日の朝に似た生温さを孕む。

彼らの見る世界に日本の雑踏はなく、街灯がぽつぽつと続く1人きりの夜道にだけ、時折姿を見せる、velvet undergroundはまた、春の魔物だった。
おどけた影、乾いたのど、届かない星に、つかめない焦り。
春の闇の影は、気付けばこちらをじっと見ている。

Sunday morning ,
Sunday morning ,
Sunday morning.
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by mouthes | 2007-03-28 02:12 | footmarks

純愛

さっき、銀杏BOYZのドキュメンタリーDVD先行上映を見終えた。

泣けなかった。

深夜2時頃に部屋で独り銀杏BOYZのライブビデオを見ながら泣いていたあの日、
何もつらくなかったあの日あたしが銀杏BOYZから感じていたものの正体がなんだったのか、やっとわかった。


純愛だ。
韓流ドラマも大正文学もギリシャの悲劇も描けない純愛こそ、銀杏BOYZだったんだ。

そのことがわかっただけで、満足だ。
家に帰れなくても通り魔にレイプされても知らない人にほっぺたひっかかれても目の前のお姉さんが爆発しても、
それはしかたのないことだ。

誰も作品について聞きたい人はいないと思う。
それにあたしは映画そのものでも銀杏BOYZでもないから、何も語ることはできないし。

見終わった後にあたしは自分に腹が立ってしかたなくなった。

もう一年したらあたしは高校を卒業する。
あたしはこのままでいいんだろうか。
何を覚えた?何をしてきた?誰にどう影響してどんなふうに感じた?
このままでいいんだろうか。
何よりも強く思った。
腐るのは死んだ後だけで十分なんだ。
拳の握れない左手をじっと見つめた。


今日、この日、
吉祥寺バウスシアター劇場内に入ったときの轟音と、染み出したような湿った空気を忘れない。
屋根裏のような天井の高さも、消えていない非常灯も、けして場内を包み込まない音響も忘れない。
誰とも交わらなかった運命も邪悪な自分もノックのようになり続けた心臓も忘れない。
このままどうにもならないかもしれない自分の青春の予感も忘れない。
東横線の中叫び出したくなりながら越えた夜を忘れない。

すべてを忘れたとき、あたしはもう一度銀杏BOYZと出会える気がしてる。
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by mouthes | 2007-03-26 00:06 | moments!

アダルティ

またまたスズモさんの日記

曽我部さんにしろスズモさんにしろ、
芸術家の生活は作品が指先からこぼれるようだね。
芸術家(「アーティスト」)なんて言い方は曽我部さんが嫌うから、偉大なる活動家、と言わせて頂こう。
あまりに会話が高級で、うかつにコメントもできないよ。
大人の会話ってこういうことなんだろうなあ。

いいなー。すごいなー。
読んでない本がたくさんあるよ。どんどん増えていくよ。
でもゆっくりでいいんだ。ぜんぶ。そう!人は簡単に死なない。

生きるって、ただ存在するんじゃない。
そのときにできることをしている状態が生きるってことだ、きっと。
だからいつだって、ただ生きるなんてことはないんじゃないか。
たとえ指一本動かせないときでも、できることをしているなら生きるってことじゃないのか。
望む望まざるに関わらず。
だから私が走るのは生きるってことだ。
できないことができるようになるのは、どういうことだろう。生きまくるということかな。
なんかばかみたいだな。
よし、銀杏BOYZのレイトショーに行ってこよう!

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by mouthes | 2007-03-25 18:15 | footmarks

トカゲのおっさん




トカゲのおっさん小沢健二うたってる。

ごっつええ感じってすごいなあああ。
基本的には、笑うんじゃないもん、しびれるもん。
精神的異物だよなー、トラウマだよなー。

もう「飼いたい」のシュチュエーションではトカゲのおっさんしか思い出せません。

まっちゃんのセンスはもう、鬼ですよね。神というか、鬼。
これを「笑いと言うのか!!!」って思いませんか?
あたしは衝撃でした、物心ついたばかりのあのころ。
トカゲのおっさんに強く感じるのは、トカゲのおっさん自身の悲しさ。
それについてはリンク先ですなけしさんが熱く熱く語ってらっしゃいます。押並べて賛成でございます。

毎回の、悲しすぎるオチ。
それを見せるためにあのコントは長い。
マサに裏切られ、奥さんに裏切られ、それでも不遇のおっさんは少年を笑わせる。
この儚さだ。
自分が微笑むんじゃない、人の笑顔のためにおどけるおっさんは芸人だ。
最終回、おっさんが笑わせるべき少年は通り過ぎない。
ただね、それは、テレビの前の自分なのではないか、なんて思うのよね。
そうしておっさんはこっちを笑わそうとしてるんじゃないかしら。

なにを置いても人を笑わせるのが芸人という過酷な職業だ。
私の中ではもはや伝説である「江頭2:50VSオリエンタルラジオ」。
この番組に対するエガちゃん、いや江頭さんの全力投球っぷりは半端じゃなかった。
ゴールデンだったからかもしれない。相手が今台頭している若手だったからかもしれない。
冬の海だったからかもしれない。もしかしたら久しぶりのテレビ出演だったのかもしれない。
そんなこと全部ひっくるめたところでこの日の江頭さんはすごかった。
内容は、与えられた道具を使ってどちらが魚を多く取れるかというもので、
慶応出身の頭脳でスマートにしとめていくオリエンタルラジオに対し、
ウエットスーツを着こんで素もぐりに徹するエガちゃん。
空腹を理由に自分が採った魚をADと仲良くほおばるエガちゃん。
暗くなった海で遭難寸前になり、ADと名前を叫びあうエガちゃん。仲良い。
そしてこの勝負は、オリエンタルラジオがラジオの収録で現場を離れている最中にエガちゃんがうつぼをしとめたことで幕する。
その罰ゲームが正面からのロケット花火放射。
「うっわあぶねえ」と言いながらドラム缶の裏に隠れるオリエンタルラジオを尻目に、
「あいつらっ、こんなおいしい状況でなにしてんだ」と言いながらロケット花火の前に飛び出し間違った「武勇伝」を舞い踊るエガちゃん。
テレビの前で笑いまくるわたし。
すると母がこう言い放った。

「あんたこんなん危ない、かわいそうなの見て何笑ってんの」

それは違う!

「エガちゃんが全力で笑わそうとしてんのに、笑わないで何するんだ!失礼なのは母!」

あんときのエガちゃんの、いや江頭さんの生命力のきらめきは、きっと病床のあの子に勇気を与えたことでしょう。
いいかい、生命力っていうのはああいうことなんだよ。
君は今、正念場だ。
だからこそ生命力であのおじさんに負けるんじゃないよ。
わかったかい。
がんばれ。



なんだか話がえっちらおっちらしてますが、芸人さんはすごいです。
笑いに限らず、芸を売り物にしているすべての人に私は頭が上がりません。
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by mouthes | 2007-03-24 21:47 | footmarks

ねえだれか!

ホラー映画まつりしようよ!


むだにフォント使ってみました。
今やってたホラー映画のディスカバリーチャンネル面白かったなー
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by mouthes | 2007-03-23 15:55 | footmarks

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CRAZY PAPA in QUE 見てきました。
ゆーきさんの晴れ舞台に立ち会えてうれしかったです。
今日のCRAZY PAPAはまた本当によかった。


今日は、6時ごろまで家を出る自信もなくて、
CRAZY PAPAが始まるちょっと前、ぎりぎりにQUE入りして、
すごくそわそわしながら始まるのを待っていたのですが、
始まったときは、もう。
まるで頭から水をかけられた花のような、
もう自分で「花」とかいうのはほんとに恥ずかしいことなんですが、
思わず「あー」って言ってしまいそうになるくらい満たされて、
何度も、どの曲でも涙ぐんでしまいました。
なんでか、「海の向こうへ」ですごいきました。
「機嫌なおして」が最高でした。
そしたらゆーきさんも「明日と夢を」で涙ぐんでいて、
また、なんかうれしかったです。
そんでトモさんもケニーさんもしほさんもゆう子さんもほんと楽しそう、幸せそうで、
さいっこーでした。

語彙が貧弱でごめんなさいね。
だからみんな、CRAZY PAPA見にきてね。
行く前にどんなに渋っていようと、
最高に忙しくて腹立たしくてやるせなくてちくしょーでも、
来たらなんでもよくなるよ、もう全部、絶対。
だから見にきてね。
頼みます。
めずらしく、頼みます。
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by mouthes | 2007-03-23 02:40 | footmarks
金玉にご用心

変な感じがしませんか?あの金玉さわる女の子、妖怪っぽくは無いですか?気をつけな気をつけな、妖怪にゃ可愛い金玉だっているんだよ。ラブレターなんか出したりしたらヒュ~金玉するかも知れないよ。金玉っぽい金玉っぽい。あいつもこいつも金玉っぽい。 タイトル妖怪にご金玉はおかしいでしょ!!


なんか、トップが暗かったのでケンコバの日記を勝手に転載してみました。
ケンコバは毎日こんなことばっかり書いてますよ。大好きですよ。
朝まで生テレビがだいっ嫌いです。うるせえ!
あの欺瞞振り回してる感じ。平和のにおいがしねえ。うるせえ!
主張らしいことを聞いていても、何もぴんとこない。
みんなさ、とりあえず言ってみたいだけなんじゃないの、なんて思ってしまう。
問題になってることを解決するのは、揚げ足取りみたいな批判じゃないよね。
もっと誰にとっても、大切なことだ。


まあ、あれだ。
どんなふうに音楽を聴くようになったかって、そんな話をしよう。

音楽を聴くときに「主張」とか、「主義」とか、そういうことを考え出したのは中学2年の頃だと思う。
色々あったからー、中2は。反抗期もそうだし、まあすべての中2は病気ですからね。中2病。

サニーデイ・サービスやミッシェルに出会ったのもこの頃だった。
あたしは朝のニュースでミッシェルの解散と同時にその存在を知った。
気になってた。ただそれだけ。
兄からもらったMDの「RANBLE」はうるさいばっかりで10分も聴けなかった。
でも、その後に入ってた「wonder style」と「リリィ」は好きだった。
後日CDに焼いてもらったのだけど、そのCDは今はどこかへいってしまった。

やっぱり、兄のようになりたかった。
兄のように音楽を聴いて、兄のように意見が言いたかった。
だから兄がくれるものをなんでも吸収しようとした。
兄が聴く音楽。兄が観る映画。兄が読むマンガ。兄の選ぶ言葉。
全部自分のものにしようと思って、同級生に向かって試しては挫折してた。

誕生日に兄がコンピレーションをくれたのもこれっきりだった。
「Junior High School Rock and Roll」というコンピレーションは、大きな転機だったと思う。
「これを聴いてる中2はすごい」というコンセプト。

未だにわからないアーティストが多いけれど、音楽を聴いていくうちにいくつかはいきあたった。
そういうときの嬉しさったらない。

岡村ちゃんやミッシェル、フリッパーズ・ギターやスペシャルズ、スーパーカーにソウル・フラワー・ユニオン。
いま聴いている音楽がすでにそこにあった。

あたしが何かすると誰よりも怒った兄。
担任に言ったら「いいお兄さんじゃないか」だって。
エゴエゴしてたことだってたくさんあったけどね、確かに良いお兄さんですよ。いつまでも、どこまでも。

中2の頃はミニ・シアターにはまりこんで舞台挨拶を観にいったりして、
あんまり音楽にはまりこんでいるとかそういうことはなくて、
そのときによく歌ってたのは鬼束ちひろだったり、Coccoだったり、Mr.Childrenだったりした。
でも「私立探偵濱マイク」が流行っていたくだりでEGO-WRAPPIN'も聴いてたし、サニーデイ・サービスも聴いてた。
いろんな人に当り散らしていた年中ぐるぐるしてた時期だった。
もう年中ぐるぐるしてた。腹の中。学校もよくサボってた。
初恋もした。
でもこの時期悩んでたことが、実際誰もが悩んでるようなことだったと知ったときはがっかりだったなあ。笑えます。

本格的に音楽を探すようになったのは中3の頃だったと思う。
青春のはけ口と言うか、そういうものではないんだろうな、あたしにとっての音楽は。
良くも悪くも、捜し求め始めたのは、何事もすごく安定したときで。
音楽に情熱を傾けきれないゆえんだと思う。
これが良いとか悪いとかそういうことではなくって、
音楽をすごく愛している人たちに対して、あたしは後ろめたいところや羨ましいところが大きい。
いつか変わるかもしれないけれど、少なくとも今はこう。

そんなことは後から考えたことで、このときは純粋にそういうヒーローたちに憧れていた。
自分はそんな人たちと同類だ、この人たちは自分のような人を呼んでいる、
そんな錯覚が嬉しくてたまらなかった。
中村一義や、ミッシェルや、川本真琴や、サニーデイ・サービスや、椎名林檎は、
とても心地よかった。

そんでなんだったけ。

ああそうだ、J-popを馬鹿にするようになったんだ。
下らない、なんつってね。

最近よく思うようになったのは、否定するようなことは、何もないってこと。
相手も、自分も。
美学や主張は、自分を尊くすることなんかは、誰かを傷つけることと紙一重で、自分がしたいのはそんなことじゃない。
これからは、色んなことを受け入れて、愛することのできる、
「イイ人間」になりたいです。そこんとこよろしく。
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by mouthes | 2007-03-20 02:22 | footmarks

軽いジャブ

hon・ninという文芸誌の「改めて!本谷ちゃん」という連載があるんだけど、これの3話でほんとにへこんだ。
ずっとへこんでた。

もともとこの連載、1話から悲しくなるほどの自意識過剰、虚栄心の嵐。
だけど私はほんとに、自分の片割れくらいの共感を抱いてて。
こういったしょうもなさはあたしの中に確実にある。
本物じゃないんだもの。
かっこよくないんだもの。
だらしないし、しっかりしてないんだもの。
美学のために何かを貫き通すこともできないし、そもそも貫くほどの美学がない。
鋭い感性もなければ、独自の視点もない。
何もかもが物まねでうわべ。

小さい頃、たくさんの欲求がそのままあったときの感覚は憶えてる。
あれが多分本来の自分だと思う。
そして妄想と欲求が肥大し続けて現実なんて見えてない、あの感じ。
今でもそう。
心から相手のことを考えることができない。
自分から抜け出せない。

「優しくなりたい」と言いながら平気で人のことを罵る自分がいる。
「私なんて」と卑下しながら「こいつよりは」と嘲る自分がいる。
こんな心に美しさなどわかるはずもない。
哲学など知る由もない。

小谷美紗子さんの「自分」という歌は、そんな自分の気持ちを浮き彫りにした。

勘違い。
冷たい言葉だ。
したくねえなあ。
なあ、いいやつでいてえ。
良くなりたいよ。
自己満足。
怖い台詞だ。
言いたくねえなあ。
でも誰がその判断をするんだろう。
あたしは、善良でいたい。そんで、劣悪なままだ。
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by mouthes | 2007-03-19 03:06 | footmarks