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皆殺し文学はやめだ

by mouthes

成長

家を片付けていて、ふと思うことは、「あと何回この家で片づけをするのだろう」ということ。
この食器を使い、この箸をつかい、本を棚に戻し、ほこりを払い、床を拭き、掃除機のごみをだし、洗濯機を回し、トイレを磨き、風呂釜を洗い
そういうことを、あと何回するのだろう。

母は、「あなたが結婚したら、もうこの家にも来なくなるのかしらね」と言って、
その言葉には家に対するいとおしさがにじんでいた。
変化は仕方ない。
母はこの家を出て、故郷に帰った。
母の生活は、都会に残った私たちよりも、亡くなった祖父や、ほとんど覚えていないであろう母の生母のほうに、ずっと近い。
それは仕方ない。
みんながそれぞれ、きっと、いずれ。

9か月、長くも短くもそれくらいの間、会えなかった友達が、
きのう思い立って連絡したところ、すでに結婚していて来月子供を産むという。
ひどく驚く。
彼女の環境にもおそらく急激な変化があって、
そのあいだいろんなことを考えたろうし、気忙しかったことだろう。
一言言ってくれれば、と思う反面、私も連絡をしなかったのだ。
ニ、三質問をしてみるものの、返事も単調で、
おそらく今の生活に私が入る余地はないのだろうな、と思いながら連絡は途絶えた。
彼女との関係が遠くなってしまったことのきっかけも穏やかならぬものだったし、これも仕方ないのかもしれない。
「結婚」「子ども」という出来事を境に、きゅうっと丸くなって閉じていく彼女を想像する。
大きな大きな卵のようになっていく彼女のことを想像する。
たしかに「結婚」には、そういう側面がある。
それまでのことと現在が切り離されてまた新しく開いていくような。
そう教えてくれたのは義姉さんだったなあ。

思い出す彼女の一人暮らしの部屋と、彼女の手料理と、だらだらした時間。
センスが良く、頑固で、美人だった彼女のこと。
何を話していたのかは全然思い出せないけど、楽しかったこと。
不用意な言葉で彼女を傷つけてしまったかもしれない。
でも彼女が私を責めたことはなかった。
ああいう時間が訪れることは二度とない。
私も彼女も変わっていく体と存在を抱えながら、ほんの少しだけ道が交わったに過ぎない。




あのままでいたかった。
このままでいたい。
生まれたころから過ごしたこの家で、知ったものに囲まれて、
築いたものが崩れない世界で、包まれるように暮らしたい。
でもそれはできない。



このままでいたいなんて、思ったことはこれまであったかな。
このままでいられないことが苦しいと思ったことは、あっただろうか。
成長するってこと。老いていくということ。
目の前にあるものを蓄えていくということ。蓄えたものが少しずつなくなっていくということ。
初めて仕事が苦しいと思う今。
今まであったものが取り去られていくことと重なる。
祈ることしかできないのに、それすら十分にできない。
成長は苦しい。
by mouthes | 2016-10-25 13:17 | footmarks