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皆殺し文学はやめだ

by mouthes

もし岡村ちゃんが死んだら

先の2014年11月19日にROPPONGI EX THEATERで行われた岡村靖幸「ファイヤー」ツアー初日に行ってきた。

お兄さんと高校の後輩と3人で参戦した今年最後の岡村ちゃんはほんと最高で、
前回が「だいすき」だったら今回は「いじわる」って感じ。
「あの星空よりだいすき!」っていう情熱一辺倒から、
「それはそうとして、どのやり方が一番気持ちいい?」ってコミュニケーションを取る余裕があったというかね!



贖罪の緊張感ある2012年、
徐々にメディア露出が増え着実にエンジンを温めた2013年、
ファンに対しての愛が炸裂しまくった2014年5月、

そして2014年11月、

ここへ来て反応しあい高め合う最高のステージに仕上がっていますよ!!!!


もうカッコよすぎてどうしようって思うけど、
この多幸感と同時に、失ってしまうことを考えてしまうほどにわたしは大人になりましたよ。




岡村ちゃんが死んじゃったらどうしよう。



それは本当に悲しい想像で、
あのステージは二度と見ることができなくなってしまうとか、
永遠に新曲は聞くことができなくなるとか、
岡村ちゃんの中で熱くてぐるぐると渦巻いていた情念とか、
素朴な悩みとか、生活に対するつぶやきとか、
生きていたときには私に寄り添って慰められたり励ましたりしてくれていたものが、
「死んだ人のもの」になって、
別の悲しみを伴うようになってしまうんだ。

単純に失うことばかりでないことはわかってるけど、
その喪失感の大きさには想像ですら堪え難い。
わたし、ほんとに岡村ちゃんが好き。
生きていてほしい。
岡村ちゃんがいいと思って作り出すものを、一緒に楽しみたい。




なんでこんなに好きなのかと思う。



そこには絶対に考えている時間の長さがある。

わたしは中学2年生のときから岡村ちゃんが好きで、それはいまに至るまで変わってない。
わたしにとって岡村ちゃんはそういう時期に出会ったとびきり変な大人であり、世界との通用口みたいな存在だ。
わたしはもう過去に戻ることはできないし、これから身体的な成長期に入ることもない。
わたしがわたしである限り、わたしはわたしの過去を愛でるし、
そこを誰かが取って代わることはできない。

誰かを愛するってことは、一回きりのことなんだなー。
どうしようもないんだ。
わたしの人生に岡村ちゃんは一人だけだ。
自分の力ではどうしようもなく、そうなってしまった。
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by mouthes | 2014-11-21 17:30