皆殺し文学はやめだ

by mouthes

光のなかに立っていてね

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まだ、手放しで喜べない。
変わってしまったことは明白だ。
15歳のときに貪るように聴いていた銀杏BOYZではないし、
わたしはもう15歳ではない。

銀杏BOYZは、死んでしまったのかしら。
もういっちょうだ、なのかしら。
もっと聴いたらわかるのかしら。



もう一週間も前になるのか。
ずっとじいちゃんが危篤だ。
家族も親戚もあわてていたが、だんだん落ち着いてきた。
いや、表面上は落ち着いているように見えてきた。
一応ね。

小学生の時は毎年のように何週間も帰っていたけど、
大きくなってからは帰ったり帰らなかったりで、
それでも年に一回は会ってたと思う。
そんなじいちゃん。

じいちゃんは苦労人だ。
農家の長男で、男手ひとつで7人の家族を養った。
4人の娘は全員高校以上の教育を受けさせて、独立してからも70まで働いた。
働き続けていた。
それだけでも立派なのに、まったく偉ぶったところのない人で、
他の人にいつも気を遣ってばかりいた。
誰かに何かを「してやってる」なんて態度をとるところなど見たことがない。

ずっと、じいちゃんのことを考えると涙が出る。
できればずっと死なないでほしい。
でもそれはできない。
今じゃなくても、いずれ人はみんな死ぬ。
私は受け止めることしかできない。
わかってる。
わかってるけど。
さみしい。
かなしい。
年だから仕方ないなんて、全然思えない。
じいちゃん。
じいちゃんが生きているだけでいいのに。

見舞いに行ったとき、私を見て喜んでくれた。
帰るときに、「じゃあ帰るね」っていったあと、なかなか離れられない私に、
「大丈夫だから」って言ってくれた。
「また実家で会おうね、じゃあね」って言ってピースをしたら、ピースを返してくれた。
じいちゃんのピースなんて初めて見たな。
もっかいみたいよ。

一回も京都に行ったことのないじいちゃんと、
京都に行けたらな。
またじいちゃんがご飯食べれるようになったらな。

自分でも不思議なくらいさみしくて悲しいんだよ。
もっと一緒にいたいとか、もっと何かすればよかったとか、
そういう気持ちとは何も関係ないんだよ。
人の死が、避けられない死が。
少ない思い出をかき集めて、死に立ち向かっていこうと思うんだけど、
全然ダメだ。
死が奪っていくものも、与えてくれたものも、
私が持っている何よりもはるかに大きくて、
私はさみしくて悲しくて泣くことしかできない。
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by mouthes | 2014-01-16 02:41 | footmarks