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皆殺し文学はやめだ

by mouthes

東京公園

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自分自身、好きそうな映画でもなければ好きな人もあまり出ていないし監督のこともよく知らないんだけど、
映画評を見ているブログで勧められていたから母とTSUTAYA行ったときに便乗して借りた。


案の定、途中で寝ちゃって、エンドロール寸前で起きて、巻き戻す。


セリフ回し、言葉づかいが独特で、
点在してる要素が最後まで見ないと一つにつながらない、根気のいる映画だった。
一度見ただけではただ通りすぎちゃったシーンを、
いくつか巻き戻して観る。
なんかうすぼんやりと、
「確信」とか、「心が触れる瞬間」ていうのは、思い込みかもしれないけどないわけじゃないんだよ、
みたいな映画かなーとほんとにうすぼんやりと思ったんだけど、
映画を観るきっかけになったこちらの記事を読んで、

そうかあ、喪失かあ、と感傷的な気分になってしまった。


過去は過去にしないと今を埋めることができないんだって。

あたしは自ら過去に埋没して去年一年を棒に振ってしまったよ。
終わった話を、放っておいたらほこりをかぶって土にかえるような話を、
何度でも掘り返した。
傷が治らないように。
ふとした時に疼かないように、いつも痛みを覚えていられるように。


そうか。
初島が写真をとる必要があるのは、
自分の知らない時間を過ごしている奥さんを、それを勘ぐってしまう自分を、
過去にするためか。
自分の目でみて、自分で撮らないとだめなんだ。


今のあたしは、あの日のゾンビか。
いや、あたしはずっとゾンビなのかも。
あらゆる過去を過去にできない、恥ずかしさの塊なのかも。


急には変われない。


写真に撮れば過去になる。
写真に撮る、っていうのは、暴いたり晒したりする行為ではない。
失われてしまったってことを、知ることだ。



恥ずかしさでいっぱいになるのは、もうそろそろやめとこうか。
大人だしね。
もっと貪欲になっていこうか。
まだまだ空っぽだしね。

この映画を理解できなかったのは、「過去」についての考え方が私と違うからだ。
私にとって「過去」は、いつまでも自分にとりついて絶えず私を恥ずかしい気持ちにさせるものだ。
何をどれだけ頑張っても取り返しのつかないのに、いつも疼く傷だ。
だけど、この映画にとっては、過去はすでに失われてしまったもので、
今の自分はそれを持っていないのだ。
過ぎたことをちゃんと過去にしないと、そうでないと前に進めないんだよ、
と言っている映画でもあるのかもしれない。
そして現実には、前に進んでいる人なんてほとんどいないんじゃなかな、っていうのは私の私見。



そして、「写真」についてでこんな曲を思い出した。
相変わらずすごいね、この方は。


















でも、コニタンと三浦春馬くんが気持ちを通わす描写で、
キスする必要あった?

あれはなんか、行為によってけじめがついたみたいに、読めるよ!

気持ちの問題でさ、でもそれは過去だのどーのこーのと言うのであればさ、
気持ちのままで終わらせた方がよかったんじゃないのかねー
花より男子はそうしたよ。
西門とサラちゃんの間に行為は一切なかったよ。
だけど、過去じゃない西門とゆうきの間には、未来はないけど行為はあったのよ。
そのあたりがちょっと、男子のセンチメンタルって感じがして、女子は納得いかなかったです。
by mouthes | 2012-04-09 16:56 | Movies&Books